「立役者だったからこそ、当時部長だった俺が後輩の面倒を見なければいけなかった」
 翔兄ちゃんの表情が曇った。僕はかける言葉が見つからず、翔兄ちゃんから視線を逸らしてしまう。
「なあ、一」
「何?」
「俺のお願い、聞いてくれるか?」
「お願い?」
 首を傾げる僕に、翔兄ちゃんは視線を向けると言い切った。
「俺の代わりに、男子弓道部を復活させてほしいんだ」
 現実味のないことを言われ、僕はしばらく口を開けたまま硬直した。どう返事をすべきかわからない。そんな僕を見かねてか、翔兄ちゃんが口を開いた。
「今年の十月末でちょうど一年半経つんだ。男子弓道部の対外試合禁止が解ける。俺は、草越高校男子弓道部の再開を一に託したいんだ。卒業生として」
「……無理だよ」
 小さく呟いた。僕は弓道を捨てた。翔兄ちゃんの頼みを叶えることは無理だ。今更、戻ることは許されない。
「無理じゃない。一ならできる」
「無理だよ。僕には……無理なんだ」
 翔兄ちゃんは僕の病気について何も知らない。知らないまま京都の大学に行ってしまった。草越高校弓道部に全国三連覇の偉業をもたらした後、僕の前から消えていった。そんな翔兄ちゃんに僕の気持ちがわかるはずもない。
「一は、弓道好きか?」
「えっ」
「好きか、嫌いか。どっちなんだ?」
「そりゃ、弓道は好きだよ。好きだけど……」
「早気なんだってな、お前」
「どうしてそれを……」
 言いかけた言葉を胸にしまった。これも凛が伝えていたのだろう。
 呆然としている僕に視線を向けた翔兄ちゃんは、一度深呼吸をしてから口を開いた。
「俺は早気になったことがないから言っても説得力がないと思うけど、早気の克服は本当に難しいと思う」
 弓道をやっている人なら知らない人はいない病気。もちろん、早気になりたくてなるわけではない。皆わかっていることなのに、早気になった人に対しての解決策が見つからず、自分は関係ないという態度を取る。結局、当時の僕は一人で抱え込んで駄目になった。
「でも弓道が好きなら、早気くらいで諦める必要はないんじゃないか」
 翔兄ちゃんの言葉が僕の耳を掠める。何を言っているのか僕には理解できなかった。そんな僕を見て、翔兄ちゃんは笑みを見せた。
「試合に出なくても弓道に関わる方法はあるだろ?」
「関わる方法……」
「選手ではなく、指導者として」
 翔兄ちゃんの提案に僕は驚愕した。