「弓道で大事なのは技術もそうだけど、最終的にはハートの強さだと俺は思ってる。けがれのない、純真な心。その心って鍛えることはできても、変えることはできないんだ。誰もが生まれた時に授かった心を持っている。一は、諦めない心が他の誰よりも強い。昔から一を見ているから、俺にはなんとなくわかったんだよ」
 翔兄ちゃんは言った。真っ直ぐな視線が、僕の胸を貫く。
「そもそも本当に弓道をやりたくなかったら、弓道部がない高校に行けばよかったはずだ。でも、一は活動できる可能性がある草越を選んだ。少しでも弓道をしたい気持ちがあったんじゃないのか?」
 翔兄ちゃんの言葉に、僕は何も言い返せない。それくらい、翔兄ちゃんの言葉は正論だった。
「それに、一なら早気を治せるはず。もう気づいているんだろ?」
「……うん」
 僕は小さく頷く。
 きっと翔兄ちゃんは、はじめから知っていた。僕が気づいていないことも全て。
 僕の中で早気の邪魔をしているものがあった。それは練習ではどうにもならないこと。ある程度の改善は見えても、根本の解決には至らない。翔兄ちゃんの言う通り、ハートの強さ、精神面の強さが弓道で一番大事なことなのかもしれない。
 それは弓道をはじめた頃に抱いた気持ち。純真な心を思い出すこと。
「一つだけ聞いていい?」
「ん?」
 僕は最後までわからなかったことを翔兄ちゃんに聞いた。
「どうして、凛は弓道をはじめたの?」
 翔兄ちゃんが好きだからと思っていた僕の答えは外れていた。もう迷わないためにも、一つの答えを聞いておくべきだと思った。答えを一番知っていそうな本人に。
「お前……」
 言葉を失った翔兄ちゃんは、僕を一瞥すると大きなため息を吐いた。
「もしかして気づいてないのか?」
「……うん」
「どんだけ鈍いんだよ」
 頭を抱える翔兄ちゃんは、呆れたように再度ため息を吐いた。そして僕に忠告する。
「どう考えても、お前の為だろ」
「僕の為……」
「お前が早気で苦しんでいる時、いつも隣には誰がいたんだ?」
 翔兄ちゃんの発言に、開いた口が塞がらなかった。
 僕の隣には、いつも凛がいた。小さい頃からずっと僕の手を引いてくれたのは凛だった。弓道をはじめた時も、早気に苦しんでいる時も、弓道を辞めた時も、そして弓道をもう一度やろうと思った時も。いつも隣に居てくれたのは凛だった。