「おっ、やっと帰ってきた」
「翔兄ちゃん……」
 家に帰ると玄関前に翔兄ちゃんがいた。
「もしかしてずっと待ってたの?」
「おう。二時間くらいかな。四月だけどまだ少し肌寒いな」
 へへっと笑う翔兄ちゃんを、とりあえず家に上げた。
「それで、今日は何の用なの?」
「そりゃ、男子弓道部について聞きたくてな」
「凛から聞いてるんじゃないの?」
「まあ、少しは聞いているよ」
「なら、別に来なくてもいいじゃん」
「お前の口から聞きたいんだよ」
 翔兄ちゃんの視線が僕に突き刺さる。昨年の新人戦後、部屋に来た時と同じ目をしている。僕は息を吸ってから、翔兄ちゃんに向けて言葉を放った。
「次の関東大会予選で、男子弓道部は正式に公式大会に復帰するよ」
「そうか。やったな! 一ならできると思ってた」
 翔兄ちゃんは自分のことのように喜んでくれる。自分の思い通りに物事が運んだからだろうか。
「翔兄ちゃんは、僕が弓道部に戻ることを知ってたの?」
「いや、知らないよ。俺は預言者じゃないし」
「それじゃ、どうしてあの時に僕ならできるって言い切れたのさ?」
 無理だと言い続けていた自分に、できると言い続けてくれた。その自信はどこから来るのか。僕にはわからなかった。だからこそ聞いてみたいと思った。
「それはな、昔からお前は諦めることはしなかったからだよ」
「昔の僕……」
「昔から一は優しい人間だった。優しすぎるせいか、人に強くものを言うことがほとんどなかった。それでも、自分の好きなことや勝負事に関しては絶対に負けたくないのか、最後まで諦めずに努力し続けられる人間だった。そんなお前のことを知ってたからこそ、俺は託したんだ」
「でも、僕は諦めた。早気になってから、弓道を一度捨てたんだよ」
 大好きだった弓道を捨てた。これ以上、嫌いにならないために。それは早気から逃げる口実みたいなものだったのかもしれない。それでも、捨てた事実は消えない。
「でも、戻って来ただろ?」
 翔兄ちゃんは僕の双眸をとらえると、ゆっくりと頷いた。
「自分の性格ってそんなに簡単に変わらないものなんだ。変わろうと思って、変わるものじゃない。それが人間の心って奴なんだよ」
「人間の心……」