「私は何もしてないわ」
 落ち着いた声音で先輩は語る。先輩の醸し出す雰囲気が、僕の気持ちを楽にさせてくれる。
「そんなことないです。先輩が僕達のことを道場内で話してくれたこと、凛から聞きました。先輩の働きかけがなかったら、こんなに早く環境が整っていなかったと思います」
「私は当然のことをしただけ。いいと思ったことを言っただけよ」
 先輩はおごることなく、自分の信念を最後まで貫いている。僕には持っていないことだ。
「あの、先輩が話したいことって何ですか?」
「えっと……」
 先輩は俯いたまま、考え込む素振りを見せている。言いにくいことなのか、僕と目を合わせてくれない。
 しばらく沈黙が続く。静寂に包まれている道場が、余計に空気を重くしているようだ。
「真弓君は、私のことどう思う?」
「えっ?」
「最近の私、変わったかな?」
 返答すべき言葉が見つからなかった。先輩は何を望んでいるのだろうか。
「先輩は出会った時からずっと変わらないですよ。優しくて、綺麗で。みんなの憧れではないでしょうか」
 素直な言葉が口から放たれた。先輩に対しての思い。知り合ってから、まだ数ヶ月しか経っていない。それでも、先輩の優しさは十分に伝わってきた。迷いがなくて、自分の信念を貫くことができるのが、先輩だと僕は思っている。
「……そう……」
 先輩の声音が徐々に弱くなっていく。俯いたまま放たれた言葉は掠れていた。
「先輩……」
 今度こそ先輩にかける言葉がなくなった。静謐な空気が僕に重くのしかかってくる。
 どうして顔を上げてくれないのか。どうして掠れた声で話しているのか。僕は間違ったことを言ったのか。
 ――真弓君は、私とは違うから。
 あの日、先輩は僕に向けて違うと言った。僕にあって、先輩にはないことがある。でも、僕はそれを見つけることができない。
「前にも言ったけど、真弓君は人を引き付ける射ができるよね。私にはそれがとてもうらやましかった。私は真弓君みたいな射はできないから」
「そんなことないです。この間の練習試合の最後の一本。緊張する中で、見事に中てた先輩はとても格好良かったです」
「それは、中てたからじゃないのかしら?」
 冷めた声が道場に響き渡る。静寂に包まれているせいか、いつも以上に先輩の声が大きく響いてくる。
「最後の一本を中てれば、嫌でも注目される。それが勝敗を決めるならなおさら。でも……」