春休みの練習も今日で終わり、明日からは新学期を迎える。学年が一つ上がり、上級生になった僕達男子弓道部は、数週間後に控えた関東大会予選に向け、順調に練習を積み重ねていた。個の練習に加え、チームの練習。そして女子の形を見て、いいところを自分のものにする。見取りの時間が新たに増えたことにより、技術的に不足していた部分を補えるようになった。
「真弓君。この後って暇かな?」
部活終わりの道場で道具の整備をしていると、雨宮先輩が話しかけてきた。
「道場の施錠があるくらいで、暇ですけど」
「そう。今日一緒に帰れるかしら?」
「いいですよ」
僕の返事を聞くと、先輩は笑みを浮かべて、そのまま女子更衣室に入っていった。
先輩の家にある道場に行くのかなと思った僕は、先に高瀬と古林を帰らせた。二人には先輩の家に道場があることや、一緒に練習したことがあるといった情報は一言も話していない。言うべきか一時期迷ったこともあったけど、これは言わないでいいことだと僕は判断した。
道場が静寂に包まれる。先程まで差し込んでいた日差しもなくなり、徐々に夜の帳が下りはじめている。いつの間にか道場にいるのは、僕と更衣室にいる先輩だけになっていた。
中学生の時は、いつも最後まで一人で道場に残っていた。静けさに浸れる場所が好きだったこともあり、しきりに一人になれる空間を追い求めていた時期があった。
でも、最近は高瀬や古林といつも一緒にいる。
だからかもしれない。こうして一人でいると、懐かしい気持ちが蘇ってくる。
「お待たせ」
引き戸が開き、先輩が更衣室から出てきた。
「帰りましょうか」
「ちょっと待ってくれる?」
「えっ……」
「ここでお話したいことがあって」
シャッターを閉め、帰る準備をしようと思っていた僕は、先輩の一言に思わず手を止めた。
「ここでですか?」
「うん」
「……わかりました」
僕は先輩の方に歩み寄り、腰を下ろした。先輩もその場に腰を下ろす。
「男子の調子はどうなの?」
身構えていた僕は、先輩の質問に拍子抜けしてしまう。
「順調ですよ。関東大会予選に向け、頑張っていますから」
「私達と一緒ね」
先輩は微笑むと、大きく両手を広げて伸びをした。先輩の無邪気な姿に、自分の表情が緩んでいるのがわかる。
「あの、ありがとうございます」
「急にどうしたの?」
「今の環境で練習できるのも、先輩のおかげなので」