「あのさ、一はどうして弓道続けているの?」
 突然の問いに、僕は足を止めた。
 弓道を再開してから、早気や男子弓道部のことしか考えていなかった。そこに舞い降りてきた悩み。練習試合前、凛に似たようなことを言われた。
 ――これからの男子弓道部について。あと……一自身について。
 僕が弓道を続けようと決意した理由。きっかけではなく、本当の理由。
「翔兄ちゃんのおかげで、弓道というスポーツを知ることができた。だけど、わからないんだ」
「わからない?」
「うん……弓道を続けている理由がわからないんだ」
 口から放たれた言葉に偽りはなかった。
 わからない。僕はまだ見つけられていない。今は目の前の壁を必死に超えているだけ。目指すべきものがなくなった先も、弓道を続けたいと思っているのだろうか。
「そっか」
 哀愁に満ちた表情で、凛は小さく呟いた。
 あの時と同じ。練習試合前に聞かれた時と似たような雰囲気。このまま黙っていればいいのかもしれない。先延ばしにして答えが出るのを待てば、時間が解決してくれるかもしれない。
「小学校五年生の頃のこと、覚えてる?」
 沈黙を切り裂くように、凛の声が耳に響いた。
「……覚えてない……」
 小学校五年生。翔兄ちゃんに弓道を初めて教わった時期だ。それでも僕は、凛が何を言いたいのか理解できない。
 僕の反応を見るなり、凛はため息を吐く。
「質問変えるね。私が弓道始めたのは何故でしょう」
「何故って……翔兄ちゃんが好きだから?」
 翔兄ちゃんが大好きで、その陰を追いかけて弓道を始めた。僕の推測は決して間違ってはいないと思う。僕だって、始めたきっかけは翔兄ちゃんだった。翔兄ちゃんに憧れないわけがない。近くにいれば、誰もが弓道をやりたくなっていたと思う。
 視線を凛へと向ける。凛の目元が、少しだけ光っていた。
「……一は、何もわかっていない……何も」
 そっと囁いた凛は僕に背を向けると、逃げるように去って行った。
 何もわかっていない。
 凛の言葉が重くのしかかってくる。自分のことすら理解できていないのに、凛のことを理解している気でいた。翔兄ちゃんへの気持ちが、凛を動かしているんだと思っていた。
 でもそれは違った。凛の目から零れ落ちた一筋の涙が、僕にそう語り掛けてくる。普段見せたことがない凛の表情に、僕は胸を締めつけられるほど苦しさを覚えた。