僕は弓道を辞めた。ただ、それだけのことなんだから。
 ピンポーン。
 インターホンが鳴り響く。外した眼鏡をかけなおし、僕は玄関のドアを開けた。
「よっ、元気にしてたか」
「翔……兄ちゃん」
 目の前に忽然と現れた年上の男性。神道翔(しんどうかける)。弓道を好きになるきっかけをくれた人。僕の憧れで、弓道を輝かせてくれた憧れの存在。凛の従兄で、昔から僕と凛は翔兄ちゃんを見て育ってきた。
「どうしてここに?」
「久しぶりに帰って来たんだよ。俺も大学入って一年半経つしな。少しは地元に帰って親孝行しないと」
 微笑みながら語る翔兄ちゃんは、以前と変わらず輝いていた。
「とりあえず、あがってよ」
「おう。一の家、久しぶりだな」
 昔から翔兄ちゃんは友達のように僕と接してくれた。四つ歳が離れているにも関わらず、僕と同じ目線で話をしてくれる。まるで同級生のような存在だった。
「そっか。一も、もう高校一年生だもんな」
「そうだね」
 家に上がるなり、翔兄ちゃんは二階にある僕の部屋に向かった。後を追うようにして僕も向かう。部屋に着くと、翔兄ちゃんは壁に飾ってある表彰状を眺めていた。
「そういえば、一は部活入ってないんだって?」
「うん。でも、どうして知ってるの?」
「凛が言ってたからな」
 翔兄ちゃんは、僕が中学生の頃に貰ったトロフィーを見ながら話を続ける。
「凛の奴、弓道部入ったらしいじゃん」
「そうだね」
「お前は入らないのか?」
 低く重みのある声だった。翔兄ちゃんは僕に視線を向け続けている。
「男子弓道部は、対外試合禁止中なんだ」
「知ってるよ。凛から聞いた」
 草越高校男子弓道部は、昨年の四月に行われた関東大会の予選で生徒が喫煙をしたことが発覚して、半年の対外試合禁止。その後、処分に不服を申し立てる生徒が相次いで暴力沙汰の問題を起こした結果、一年半の対外試合の禁止という非常に重い処分が下されることとなった。不祥事が発覚するまで草越高校男子弓道部は、八月に行われるインターハイで三連覇を成し遂げていた。前人未到の四連覇がかかっていたこともあり、他校の弓道部員からも「どうして」「なぜ」といった落胆の声が多く上がった。
「正直、俺のせいだと思ってる。今の男子弓道部が廃れたのも。本当にごめんな」
「どうして翔兄ちゃんが謝るのさ。全国三連覇の立役者なのに」