大前の息遣いが少し粗くなった。微かに震えている気もする。
「大前さん?」
『今日、練習で会を保つことができました。四射ともです』
 耳に入ってきた言葉に、直ぐに反応することができなかった。大前は確かに言った。会を保つことができたと。
『先輩?』
 しばらく何も話さずにいた僕に、大前が問いかけてくる。
 少し身震いした。本当に早気が治るとは思ってもみなかったから。でも、大前ならいつか治る気がしていた。重い病気も治せるくらい、大前の意志は強靭だったから。
「おめでとう。本当に」
『はい。先輩のおかげです。自分の練習もあったと思うのに、今まで付き合ってくれて。本当に感謝しています』
「今度、大前さんの形を見に行ってもいいかな?」
『何言ってるんですか先輩。当然です。これからも見にきて……あっ……』
 大前は言葉を濁した。僕の言った意味を理解したんだろう。
「これから僕達は、自分の道場で練習するよ」
 僕達はもう通う必要がなくなった。それは同時に、大前に教えることがなくなることを意味する。
『そうですよね。もう……会えないですよね』
「そんなことないよ。たまに遊びに行く。だって、僕の母校なんだからさ」
『先輩……』
 大前はそのまま黙ってしまった。何を言うべきか僕はわからなかった。それでも、一つだけ言えることがあった。
「僕は大前さんから多くのことを学んだ。本当に感謝してる。僕もあと一歩の所まで来ることができたんだ。だから大前さんみたいに、必ず早気を治してみせるよ」
 僕一人が早気に苦しんでいるのではない。全国で弓道をしている人の中には、同じように早気に苦しんでいる人は必ずいる。
 大前と出会えていなければ、視野を広くすることができなかった。自分だけ殻に閉じこもったまま、何もせずにいるだけだった。でも、大前と話をすることで解決できることがあると知ることができた。人に話すと、こんなにも楽になれるんだって知れた。
『先輩ならできます。絶対に。頑張ってください』
「うん。ありがとう。また連絡する」
 電話を切った僕は通話時間の表示された画面を見る。思っていたよりも長い時間、電話していたみたいだ。
「ごめん。長々と話しちゃって」
「大丈夫。その、大前さんも早気だったんだね」
「うん。僕と一緒に、早気の克服に取り組んでたんだ」
「そっか」
 ため息を吐いた凛は、僕の一歩先を歩いて行く。