いつもより大きな音が響いた。僕の矢は的のど真ん中を貫いている。それでも、今の大きな音に疑問を抱かずにはいられなかった。
 すかさず僕は看的(かんてき)に視線を移す。僕の表示は「○」の印になっている。完全的中だ。なら、今の音は?
「「ッシャアアアア!」」
 いつも以上の声量と拍手に道場が包まれた。その光景はまるで寒い冬を超え、春の訪れを感じさせる桜が芽吹いた時のような雰囲気だった。
 そして直ぐに気づかされた。
 僕だけでなく橘も同時に中てていたことに。
 静観していた観客が喜びを爆発させる瞬間がある。的中させた時と四射全て的中させたときだ。前者と違い、後者は言葉だけでなく拍手で称えられる。素晴らしい射をありがとうといった意味を込めての拍手。
 たった四本中てるだけ。それだけの行為に、惜しみない拍手が観客から送られる。皆中を一回も達成しないまま、弓道を辞める人も沢山いる。皆中はそれくらい難しい。弓道人にとっての憧れといってもいいと思う。
 鳴りやまない拍手の中、皆中を成し遂げた橘が退場する。その姿に僕は不覚にも見とれてしまった。
 余韻が残る中、高瀬が引分けに入っていた。
 先程とは違った雰囲気に包まれる道場。立の間に空気が変わるのは、強豪校同士の対戦だとよくあること。そして強豪校との対決になると、一射の重みがとてつもなく大きくなる。
 会に入った高瀬の背中を見る。一射目みたいに、縮こもった射はしていない。微かに見える横顔を見て、僕は驚かずにはいられなかった。
 高瀬は笑みを浮かべていた。まるでこの試合を楽しむかのように。皆中で場の雰囲気が変わったことが功を奏したのかもしれない。
 そのまま高瀬は、四射目を見事に中てた。
 よし! っと思わず叫びたくなる気持ちを胸の内に抑え込んだ。始めはプレッシャーを感じていると思った高瀬が、最後には笑みを見せている。高瀬の笑顔のおかげで、僕は気持ちが楽になった。
 目の前で古林が打起しに入る。目の前にある大木を抱えるように、弓手と馬手を目線の高さよりも、さらに上へと上げていく。その綺麗な形から弓手と馬手が的の方向にスライドしていく。弓手と馬手が同じ高さに保たれている、綺麗な大三の姿勢。引分けの準備を整えた古林が、引分けの動作に入る。