僕達は敵に囲まれている空間で弓道をしているようだった。そんな空気の中、僕達にとって致命的なことが起った。
 高瀬が三射目を外してしまった。周囲の重たい空気が高瀬に取りついたみたいに、矢とびもいつもの速さがなかった。そのせいで地面を擦りながら、安土(あづち)に矢が刺さった。
 一射目で勢いに乗れなかった時の、自らの射を思い起こさせる結果となってしまった三射目。同時に僕達の優勝がなくなった。
 高瀬のフォローは僕達がしなくてはいけない。目の前の古林は引分けに入る。均等に引いていき、口割りをつけ、会の姿勢に入ろうとしていた。
「ッシャア!」
 古林が中てたのかと思った。しかしその歓声は、僕達に向けたものではなかった。
 岩月の落、個人戦全国一位の神津が余裕綽々とした射で三射目を中てていた。これで岩月は三人とも全て中てていることになる。これが埼玉県一位の実力。全国でも優勝候補に挙げられる岩月に、僕は圧倒されるしかなかった。自分の立に集中しようと思っても、どうしても視界に岩月の射が飛び込んでくる。
 次の射、もし古林と僕が外すと三位にすら入れなくなる。二月中旬の寒い季節なのに、額に汗がにじんできた。緊張と高揚で僕はいっぱいいっぱいになりそうだ。
 目の前の古林に視線を戻す。古林はこんな状況でも落ち着いているように見える。まるで落ち着きを失っている高瀬や僕に語りかけているような、俺が支えるんだといった古林の強い気持ちが会に現れている気がした。
 パンッ。
 古林は見事に三射目も中てた。ぶれることのない精神。古林の強さの真骨頂である、精神力の大きさに支えられているような気分になる。
 僕も古林に続くんだ。
 物見を入れ、打起しをする。
 落ち着こう。いつもより慎重に大三を取った。そして均等に弓を引いていく。会に入ると、さっきまで感じていた重苦しい雰囲気は微塵も感じなかった。
 古林のおかげかもしれない。僕達のこの空間だけが守られている気がする。
 でも、本当は僕が皆を支えなきゃいけない位置にいる。落はチームの精神的支柱。ぶれてはいけない。
 試合の一ヶ月前。皆で話し合った際に決めた立ち位置。それぞれが信頼して決めた場所で、誇れる射を見せなくてはいけない。
 僕が今、行うことは。
 目先の一射を中てること。一射入魂。
「「パンッ」」