家に帰った僕は眼鏡を外し、そのままベッドに飛び込んで枕に顔を埋めた。橘との会話が嫌でも思い出される。そのたびに、胸が締めつけられる思いに駆られる。
 僕は弓道を捨てた。でも、弓道は大好き。これ以上、嫌いになりたくないからこそ決めたこと。それなのに改めて考えると、自分の気持ちに矛盾点があることに気づかされる。こんな考えのままじゃ橘だって納得してくれるはずがない。
「僕は……どっちなんだろう」
 ふつふつと煮え切った脳内に聞いてみようとするも、当然のように答えは返ってこない。それでも、僕は答えを求めようとしている。高校生になって弓道を辞めた選択は間違っていたのだろうか。好きなものを続けることこそが、好きの証明になるのだろうか。
 ブーブー。
 携帯電話が震えている。着信音の長さからしてメールではなく電話みたいだ。枕元に置いてある携帯の画面を見る。瞬間、自ら犯した過ちに気づいた。立の後に凛と会う約束をしていたのに、そのまま帰ってきてしまった。鳴りやまない携帯の通話ボタンを押して、恐る恐る電話に出た。
「もしもし」
『バカ!』
「うぐっ」
 キーンと耳鳴りがするくらい大きな声で怒鳴られた。無理もない。
「ごめん……声かけようと思ってたんだけど」
『言い訳はいらない。帰った事実は変わらないでしょ』
「そうだね……」
 勝ち誇った態度で僕を罵ってくる。凛は相変わらずだ。
『でも、今日はありがとう。本当に来てくれるとは思わなかったから』
「一応幼馴染だし、僕だって行ってあげるくらいの分別はついてるから」
『何それ? 社交辞令みたいな言い方して。私にいつも怒られてばっかりのくせに』
「凛が勝手に怒ってるだけだろ」
 凛はいつも上から目線で話しかけてくる。でも、不思議と嫌な感じはしなかった。
『あーもう。後で一に奢ってもらおう』
「えっ、ちょっと待てよ。どうして僕が――」
『文句あるの?』
「……ありません」
『それでよーし』
 電話越しからでも伝わってくる殺気めいたものに、僕は竦んでしまった。昔から凛には頭が上がらない。
「それで、いつこっちに戻ってこれるのさ?」
『十七時くらいかな。先輩の応援もあるし』
「わかった。それじゃ、また後で」
『うん』
 通話が切れる。先程までうるさかった耳元が、一瞬にして静寂に包まれる。しばらくの間、静けさに浸っていると、悩みがどうでもよくなってきた。