「私とお姉ちゃんを唯一繋いでいるのが弓道なんです。私の弓道は、お姉ちゃんの射形そのものなんです。だから私は、お姉ちゃんがどれだけすごかったかを弓道を通して証明したいんです」
 言葉に詰まった大前はマフラーに顔をうずめる。咳払いをして、満面の笑みで僕に答えた。
「だから私は、早気なんかに負けるつもりはこれっぽっちもないんです」
「大前さん……」
「先輩も一緒に克服しましょうよ。何度も挑み続けましょうよ。先輩に弓道を教えてくれた人も、絶対にそう思っていると思いますよ」
 大前と出会って、まだ一ヶ月だけど練習パートナーとして常に一緒にいた。本来は僕が大前にかけるべき言葉を逆に言われている。自分が本当に情けない。
「先輩?」
 大前の顔を見ることができず、僕は俯いたままでいた。
 大切なお姉さんを失くしたにも関わらず、大前は必死に思いを繋げるために努力している。それに比べて僕は怯えてばかりで、ようやく踏み出した一歩ですら大前に比べると、とてつもなくちっぽけだ。小さくてか細さしか感じない。
「なんか情けないな。本当に」
 ようやく出てきた言葉も、自分を否定する言葉だった。それでも、今までとは違う感じが僕にはあった。
 顔を上げ、大前に視線を向ける。大前は黙ったまま、僕のことを見続けていてくれた。
「これから、もっと指導厳しくなってもいいかな?」
 大前の早気を治してあげたい。大前の力になりたい。最初は弓道部の練習場所を確保するたに、仕方なく大前の指導を引き受けた。だけど、目の前でこんなに真剣に取り組もうと努力している人間がいる。今は力になれることを精一杯してあげたいと、心の底から思えた。
「お願いします。先輩! 一緒に頑張りましょう」
 大前は頭を下げると、満面の笑みを見せてくれた。
 大前の笑顔は変わらなかった。それは大前の強さなのかもしれない。お姉さんを思う気持ちや早気に臆することなく立ち向かう気持ちがあるからこそ、大前はいつも笑うことができるのかもしれない。
 大前は僕とは違った。僕が行ってこなかったことを既に行っている。早気と真正面から向き合っている。たとえ苦しくても、決して諦めることを考えていない。それは大前の目を見ていれば明らかだ。
 早気を絶対に克服できる。
 大前になら、すぐにでもその言葉をかけることができる。慰めでもない、克服できるだけの根拠がある気がした。
 ――真弓君は大丈夫。
 先輩は大前のように、僕にも根拠があるから言ってくれたのかもしれない。でも、それはいったい何なのか。今の僕には全くわからなかった。