大前は目を輝かせながら話を聞いてくれている。翔兄ちゃんのすごさは、誰の目から見てもわかるからすごい。憧れない人はいないと思う。
「でも、先輩もすごいじゃないですか。中学の全国大会で二連覇なんて」
「僕は……たいしたことないよ」
 すごいのは昔の僕であって今の僕ではない。
 しばらく沈黙が続いた。当時と変わらない風が心地よい。気持ちが楽になっていく気がする。ふと空を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。そんな空気の澄んだ冬の空に、通る声が響き渡った。
「実は今日、寝坊したって言うのは嘘なんです」
 笑顔で嘘だと告げてきた大前に、僕は驚きを隠せなかった。そんな僕の反応を見て、大前は微笑んだ。
「今日はその、お姉ちゃんの命日で。お墓参りに行ってました」
「……なんか、ごめん……」
 大前の口から紡がれた言葉に、僕は苦し紛れの回答しかできなかった。
「大丈夫ですよ。もう二年前のことなので」
 しっかりとした口調で語る大前は、決して落ち込んだりする素振りも見せずに笑顔を晒している。
「私、弓道を始めたきっかけがお姉ちゃんなんです。お姉ちゃんから弓道の楽しさを教わりました。最初は全く面白くなかったんですけどね」
 正座なんて足が痺れるだけじゃないですかと言うと、弓道で嫌なことをいくつか挙げた。そのどれもが、僕も共感できることだった。
「お姉ちゃんは絶対に私の為になると言って、形の指導しかしてくれなくて。ずっと弓を握ることを許してくれなかったんです。それなのにお姉ちゃんは、的に向かって練習してたんですよ」
 ひどいですよねと大前が言ってくる。僕は大前の気持ちが理解できたので首を縦に振った。
 僕も翔兄ちゃんに教わった時に全く同じ扱いを受けた。ひたすら射法八節に習って形の反復練習を行ったり、翔兄ちゃんの射を見たりした。正直、これのどこに楽しさなんてあるのだろうかと最初は何度も思った。
「今はお姉ちゃんから教わったことの大切さに気付けたんでよかったですけど。できれば、お姉ちゃんと一緒に立に入りたかったですね」
 辛いことなのにもかかわらず、常に笑顔で話してくれる大前に、僕はただ圧倒された。
 僕よりも何倍もしっかりしている。目の前の女の子に僕は頭が上がらない。