整った顔立ちに、清楚感溢れるたたずまい。腰まで届きそうな艶やかな黒髪と袴姿が、先輩の魅力をより一層引き立てている。まさに大和撫子。これ以上、美しい人がこの世にいるのだろうかと思わせるほどの破壊力があった。
「……綺麗です」
思わず両手で口をふさぐ。自分が発した言葉に恥ずかしさを覚える。顔が赤くなっているのが自分でもわかった。
「ありがとう」
そんな僕に先輩は優しく微笑むと、弓置場から弓を取る。
「真弓君もここにある弓を使ってね。あまり種類はないけど」
「ありがとうございます。お借りします」
種類はないと言っても、目の前の弓置場には数十本の弓があった。この量なら、学校にある本数と同じくらいありそうだ。
素引きをして、自分に合う弓を選んだ僕は入念に形の確認に入る。弓道は立の前の準備がとても大切で、少しでも妥協すると実際の立で中らなくなることがほとんどだ。さらに精神面によっても中りが左右されるので、準備不足と思ってしまうだけで全く中らなくなることも十分ある。弓道はまさに心技体全てが求められるスポーツだ。
「私から射るね」
的前に立った先輩は弓を引き始めた。
静寂に包まれている道場で、凛と咲き誇る花のような先輩が引く姿は、とても美しかった。
先輩の美しさに見とれていた僕の意識が、弦音によって引き戻される。その後、パンッと大きな音が響き渡る。先輩の一射は見事に的を射ぬいた。
「どうかしら?」
アドバイスを求めるように、先輩が僕に聞いてきた。見とれていて、形を見ていなかったとは口が裂けても言えない。それでも美しい射形だからこそ、素直な気持ちが自然と出てきた。
「とても綺麗でした。全体的に射形が整っていて、完成されていると思います。正直、先輩の射に見とれてしまいました。特に引分け後の会。弓手、馬手の両方が同時におさまって、そこからの伸合いに詰合い。じりじりと限界を迎えて、最後は自然な離れ。緩みもなく綺麗な離れでしたので、的を見なくても中ると確信できました」
「ありがとう。真弓君にそう言われると、本当に嬉しい」
先輩の仕草に、さらに僕の心は引き寄せられそうになる。目の前の美しい人に魅力を感じない人は絶対にいない。そう思わせるだけの美しさがそこにはあった。
二射目も一射目と遜色ない綺麗な射形で的の中心を射ぬいた。これだけできる先輩がいるんだから、藤宮先生が全国を目指せると言っていたのも十分理解できた。
「さあ、次は真弓君の番ね」
「はい。よろしくお願いします」
技術力がある先輩に見てもらうことを誇りに思って、僕は的前に立った。翔兄ちゃんや真矢先生以来、久しぶりに自分の形を評価してもらえるのかもしれないと思うと、わくわくが止まらなかった。
今すぐ引きたい。自分の立ち位置がどこなのか知りたい。
打起しに入った僕は大三をとり、引分けに入る。ゆっくりと呼吸のリズムで弓を引いて、矢を口割りの高さまで下げる。ここからじりじりと伸びなければいけない。
しかし会に入った瞬間、僕の病気が発症した。放たれた矢は無情にも安土に刺さる。わかっていたことだけど、自分の射に憤りを覚えずにはいられない。
「駄目でした」
先輩の方に視線を向けた僕は、直ぐに異変に気づいた。先輩の頬に一滴の光るものが伝っている。
「せ、先輩?」
どうしていいのかわからず困惑していると、我に返った先輩は急いで涙を拭った。
「ご、ごめんなさい。何でだろう。懐かしくなっちゃった」
「懐かしい……ですか?」
「うん」
そっと呟いた先輩は、息を吐くと僕の目を見て告げた。
「二年前の全国大会で優勝した時の射と変わっていなかったから」
先輩の発言に僕は息を飲んだ。
二年前。中学二年生の頃。そういえば、さっきも先輩は「もう一度見たかったの」と言っていた。まるで、過去に僕の射を見たことがあるかのように。
「僕のことを知ってたんですか?」
「うん。知ってた。だって、私も二年前に全国大会に出場していたから」
道場内に風が吹き込み、先輩の長髪がなびく。
「真弓君の射は、人を引き付ける力があると思う。中学生の頃からそうだったけど、特によかったのは会だった」
会。僕が射法八節で一番大好きな節。会の時に生まれる静寂。見た目ではわからないけど、矢を離す瞬間までの緊張感。今までの動作を、後にくる離れに繋げるための大切な節。先輩は僕の会を評価してくれた。
「でも、今は当時のような会は影を潜めている。病気にかかってしまったから」
早気。弓道の三大病の一つと言われている重い病気。残り二つは「もたれ」「緩み」と言われているけど、諸説あるらしい。三大病の中で一番重いとされているのが早気と言われている。
「私は、真弓君なら絶対に会を取り戻せると思ってる」
「どうして……どうして取り戻せるなんて言えるんですか?」
「だって真弓君。頑張ってるもん」
「……頑張っても無理な時だってあるんです」
当時の僕は早気の自覚はなかったとはいえ、中りを取り戻すため、皆に迷惑をかけないため、何より自分自身のために精一杯努力を重ねたつもりだ。それでも無理だった。治らなかった。努力が足りないと言われればそれまでかもしれないけど、精一杯やってきたつもりだ。
「でも、今ここにいる。まだ弓道と向き合おうとしている」
「…………」
「真弓君は大丈夫」
「…………」
もはや言葉が出てこなかった。いろんな人に大丈夫と言われてきた。言われ慣れてしまった。口だけならいくらでも言える。藤宮先生も言っていたけど、その通りだ。目に見える結果がなければ道場だって使えるようにならない。早気が治らなければ、かけられた言葉は慰めにしか聞こえない。このように考えてしまうのは間違いだろうか。
「真弓君の周りには、支えてくれる人が沢山いるから」
先輩は笑顔で僕のことを見てくれている。絶対に克服できる。先輩の笑顔は僕に訴えかけているみたいだった。
「それに、真弓君は私とは違うから」
「先輩?」
「ううん。何でもない」
弓を弓置場に戻すと、先輩は弓がけを取り外した。
「今日はもう終わりにしましょう。続きはまた今度ってことで」
先輩は満面の笑みを見せ、そのまま個室へと入っていった。
道場に静寂が訪れる。気づけば既に日は落ち、辺りには夜の帳が下りている。ふと時計を見ると十八時を過ぎていた。
制服に着替えた僕は矢道に靴を持っていき、安土に向かった。目の前には先輩の矢と僕の矢。その二つは対照的で、僕の矢だけが的に中っていなかった。
「クソッ」
悔しさが口から放たれる。以前は当たり前のように中っていた。しかし、今は全く中っていない。目の前の安土に刺さっている矢が、今の僕を物語っている。
どうして、早気なんて病気があるのだろうか。
どうして、好きなことなのに、嫌な思いをしなければいけないのだろうか。
どうして、僕なのだろうか。
周りの人は簡単に治ると言ってくる。今の僕には、どうしても軽い気持ちで言っている風にしか聞こえない。
だからこそ言える。早気になった人にしか、早気の恐ろしさはわからないんだと。
年末最後の道場での練習に、大前は遅れてきた。今まで遅れてきたことがなかったからかもしれない。僕は大前のことが気になって仕方がなかった。
通常練習が終わり、自主練習へと入る。そのタイミングで僕は大前に声をかけた。
「遅刻って珍しいね」
僕の問いかけに、大前は渋面をつくった。聞かれたくないことだったのかもしれない。
「今日は……寝坊しただけです」
「そっか。大前さん、しっかりしてると思ってたから、寝坊って予想できなかった。変な心配しちゃったよ」
「心配ですか?」
大前は小首を傾げる。
「うん。早気に嫌気がさして、弓道やりたくなくなったのかなって」
言い終えた瞬間、失敗したと思った。大前に言っていいことではなかった。やりたくなくなったのは自分であって大前ではない。僕は大前から視線を逸らした。
しばらく沈黙が続いた後、大前がゆっくりと口を開いた。
「先輩。ちょっと、散歩しませんか?」
笑顔を向けてくる大前の勢いに乗せられ、僕はこくりと頷いた。
流石に袴姿だと寒かったので、上に羽織るものを着て大前の後についていく。大前も羽織るものにマフラーと、防寒対策を施していた。
大前に連れられてやってきたのは、校舎の屋上だった。屋上の鍵は壊れており、誰でも侵入できる状態。当時と何一つ変っていなかったことに、自然と僕は嬉しさを覚えた。
「懐かしいな」
「ここ、私のお気に入りの場所なんです」
「僕もそうだった」
「本当ですか?」
「うん。一人になりたいときに、よく来てたんだ」
屋上に足を踏み入れると突き当りに設えてあるベンチに腰を掛けた。
この場所も変わっていない。時折吹く穏やかな風が、とても心地よかったのを覚えている。大前は大きく手を広げて伸びた。白い息を吐きながら、気持ちよさそうな表情を晒している。
「先輩は、どうして弓道を始めたんですか?」
唐突な質問に少し躊躇する。それでも、真剣な表情を晒す大前を見たら、何故だか話そうと思えた。
「僕の四つ上の先輩に、弓道がすごく上手い人がいたんだ。その人に弓道の楽しさを教わって、弓道をやろうと思ったんだ」
「その人ってどんな人ですか?」
「一言で言ったら、弓道の天才だよ。優しいし、格好いいし。全ての面で非の打ちどころのない人だった。皆中は当たり前で、外したところを僕は見たことがないんだ」
「それは……すごいです」
大前は目を輝かせながら話を聞いてくれている。翔兄ちゃんのすごさは、誰の目から見てもわかるからすごい。憧れない人はいないと思う。
「でも、先輩もすごいじゃないですか。中学の全国大会で二連覇なんて」
「僕は……たいしたことないよ」
すごいのは昔の僕であって今の僕ではない。
しばらく沈黙が続いた。当時と変わらない風が心地よい。気持ちが楽になっていく気がする。ふと空を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。そんな空気の澄んだ冬の空に、通る声が響き渡った。
「実は今日、寝坊したって言うのは嘘なんです」
笑顔で嘘だと告げてきた大前に、僕は驚きを隠せなかった。そんな僕の反応を見て、大前は微笑んだ。
「今日はその、お姉ちゃんの命日で。お墓参りに行ってました」
「……なんか、ごめん……」
大前の口から紡がれた言葉に、僕は苦し紛れの回答しかできなかった。
「大丈夫ですよ。もう二年前のことなので」
しっかりとした口調で語る大前は、決して落ち込んだりする素振りも見せずに笑顔を晒している。
「私、弓道を始めたきっかけがお姉ちゃんなんです。お姉ちゃんから弓道の楽しさを教わりました。最初は全く面白くなかったんですけどね」
正座なんて足が痺れるだけじゃないですかと言うと、弓道で嫌なことをいくつか挙げた。そのどれもが、僕も共感できることだった。
「お姉ちゃんは絶対に私の為になると言って、形の指導しかしてくれなくて。ずっと弓を握ることを許してくれなかったんです。それなのにお姉ちゃんは、的に向かって練習してたんですよ」
ひどいですよねと大前が言ってくる。僕は大前の気持ちが理解できたので首を縦に振った。
僕も翔兄ちゃんに教わった時に全く同じ扱いを受けた。ひたすら射法八節に習って形の反復練習を行ったり、翔兄ちゃんの射を見たりした。正直、これのどこに楽しさなんてあるのだろうかと最初は何度も思った。
「今はお姉ちゃんから教わったことの大切さに気付けたんでよかったですけど。できれば、お姉ちゃんと一緒に立に入りたかったですね」
辛いことなのにもかかわらず、常に笑顔で話してくれる大前に、僕はただ圧倒された。
僕よりも何倍もしっかりしている。目の前の女の子に僕は頭が上がらない。
「私とお姉ちゃんを唯一繋いでいるのが弓道なんです。私の弓道は、お姉ちゃんの射形そのものなんです。だから私は、お姉ちゃんがどれだけすごかったかを弓道を通して証明したいんです」
言葉に詰まった大前はマフラーに顔をうずめる。咳払いをして、満面の笑みで僕に答えた。
「だから私は、早気なんかに負けるつもりはこれっぽっちもないんです」
「大前さん……」
「先輩も一緒に克服しましょうよ。何度も挑み続けましょうよ。先輩に弓道を教えてくれた人も、絶対にそう思っていると思いますよ」
大前と出会って、まだ一ヶ月だけど練習パートナーとして常に一緒にいた。本来は僕が大前にかけるべき言葉を逆に言われている。自分が本当に情けない。
「先輩?」
大前の顔を見ることができず、僕は俯いたままでいた。
大切なお姉さんを失くしたにも関わらず、大前は必死に思いを繋げるために努力している。それに比べて僕は怯えてばかりで、ようやく踏み出した一歩ですら大前に比べると、とてつもなくちっぽけだ。小さくてか細さしか感じない。
「なんか情けないな。本当に」
ようやく出てきた言葉も、自分を否定する言葉だった。それでも、今までとは違う感じが僕にはあった。
顔を上げ、大前に視線を向ける。大前は黙ったまま、僕のことを見続けていてくれた。
「これから、もっと指導厳しくなってもいいかな?」
大前の早気を治してあげたい。大前の力になりたい。最初は弓道部の練習場所を確保するたに、仕方なく大前の指導を引き受けた。だけど、目の前でこんなに真剣に取り組もうと努力している人間がいる。今は力になれることを精一杯してあげたいと、心の底から思えた。
「お願いします。先輩! 一緒に頑張りましょう」
大前は頭を下げると、満面の笑みを見せてくれた。
大前の笑顔は変わらなかった。それは大前の強さなのかもしれない。お姉さんを思う気持ちや早気に臆することなく立ち向かう気持ちがあるからこそ、大前はいつも笑うことができるのかもしれない。
大前は僕とは違った。僕が行ってこなかったことを既に行っている。早気と真正面から向き合っている。たとえ苦しくても、決して諦めることを考えていない。それは大前の目を見ていれば明らかだ。
早気を絶対に克服できる。
大前になら、すぐにでもその言葉をかけることができる。慰めでもない、克服できるだけの根拠がある気がした。
――真弓君は大丈夫。
先輩は大前のように、僕にも根拠があるから言ってくれたのかもしれない。でも、それはいったい何なのか。今の僕には全くわからなかった。
年が明け、練習試合まで一ヶ月を切った。
正月休みなど考えもせずに、ひたすら練習をし続けていた僕達の努力が、少しずつ見え始めていた。三人立で入った実践形式の練習では、三人の的中数を総計九中まで伸ばすことができた。お互いが外した後は、絶対に中てようという意識が芽生え始めていることが大きい。それと、個々のレベルアップが確実に結果として出始めていた。特に顕著だったのが初心者の高瀬だった。弓に触ってからおよそ二ヶ月しか経っていないのに、常に羽分け以上の成績を出すことができている。経験者の古林は、皆中を四回に一回出せるまで射が安定してきた。そして僕は、早気は治っていないけど、高瀬と同等の的中を維持することができていた。
個々のレベルが上がった今、次はチームとしてのレベルを上げていかないといけない。弓道はチームで試合に臨む。チームとして強くなるためには決めないといけないことがある。
「そろそろ立ち位置を決めて、本格的に練習していきたいと思ってるんだけど」
自主練習が終わった後、僕は高瀬と古林を喫茶店に誘った。
「おっ、俺も思っていたところだよ」
「そうだな」
二人が首を縦に振って、決めるのに同意してくれた。僕は以前からずっと考えていた案を二人に話すことにした。
「高瀬君は中で、古林君は落でどうかなって思ってる」
「うん。いいと思う」
高瀬は二つ返事で僕の提案を受け入れてくれる。一方の古林は渋面をつくっていた。
「俺は真弓の提案、受け入れることはできない」
「えっ……」
古林の言葉を僕は受け入れることができなかった。現在の技量を考えても、この順番で射るのがベストだと思っていたから。
「もしかして、僕が大前だから?」
「そうじゃない。俺が言いたいのは」
古林は声を荒げた。喫茶店内にいた一部の人達が、僕達のテーブルに視線を向けてくる。
僕には古林が否定する理由がわからなかった。確かに高瀬は大前に向いている。その明るい性格で確実に一射目を仕留め、チームに勢いを与えることができれば、どれだけ楽になることだろう。でも、高瀬は決定的に足りていないところがある。
圧倒的に試合慣れをしていない。
僕や古林は中学生の頃から多くの場数を踏んできた。試合勘はどうしても経験の多さでしか養うことができない。それに、今回の練習試合は男子弓道部の未来がかかっている。危ない橋を渡るべきではないはずだ。
色々と考えを膨らませていると、目の前の古林が大きく息を吐いた。そして僕に視線を向けると口を開いた。
「お前が落をやらなくてどうするんだって言いたいんだ」
僕は古林の言葉を理解しようとした。確かに落をやるのは不可能なことではない。でも、それだと試合に勝てる勝算が見えない。
「僕の状況を知っているだろ? 中りを期待できないのに、落にいる意味なんてない」
「中らないから落は駄目って、誰が決めつけたんだよ」
古林の発言は間違っていない。でも、今は中りを求めるべきだ。
間髪入れずに古林はそのまま続けた。
「落は弓道の花形だろ。真弓は中学の大会ではずっと落だっただろ」
「それは古林君だって……」
「確かに俺も落をやっていた。それでもこのチームは、真弓中心のチームだと思っている。真弓の支えがあるからこそ、今だって俺らは弓道をすることができているんだ」
古林の言葉に高瀬もしきりに頷いている。
「でも、練習試合で上位に食い込まないと部活自体が……」
「だから、俺らはお前と心中するって決めたんだ。なあ高瀬」
古林の声に高瀬が反応する。
「そうだよ。真弓君と心中するんだよ。男子弓道部の最初の部員は俺だ。でも、チームのエースと言われたら、経験が豊富な真弓君なんだよ。俺は古林君でもいいと思ってる。自分がへたくそだから。でも、どちらかを選べと言われたら必ず真弓君を落に推す」
二人の思いが胸に刺さる。目の前で心中するとまで言ってくれた二人に対して、僕は胸が熱くなる思いでいっぱいになった。
「ありがとう。だけど、僕には二人を支えるだけの力がまだない。早気だって未だに克服できないでいるんだ。心中なんて、僕には重すぎるよ」
視線を二人から逸らす。僕のせいで二人が弓道をできなくなることが嫌だった。これは、僕のわがままなのかもしれない。だけど自分の問題も解決できていないのに、他人の希望を背負うことなんて愚かなことだと思う。
「真弓君は一人で弓道やってるの?」
高瀬の問いに虚を付かれた。
そんな訳がない。そう答えたいのに言葉に詰まってしまう。
「今まで言わなかったけど、俺や古林君に一言も相談してくれたことなかったよね?」
「それは……二人に心配かけたくなくて」
「それがだめなんだよ!」
高瀬が声を荒げた。喫茶店にいる人達が再度視線を向けてくる。高瀬はその視線を気にせずに続けた。
「心配かけたくないって、俺達のことを信頼してないってことだよね?」
「それは……違う」
「違うなら、真っ先に打ち明けてくれても良かったんじゃないの? チームメイトである俺達にさ」
高瀬の叫びに言い返す言葉が見つからない。心配をかけたくないから黙っている行為は、相手を信頼してないから生まれる。高瀬の言葉を僕は否定できなかった。
「俺達は真弓君を助けたい。これから試合までの間に、俺達にだってできることがあるはずだから」
高瀬は言い切ると、一度古林の方に視線を向けた。古林はそれに無言のまま頷く。それを確認した高瀬は、僕に視線を戻す。
「俺達を信じてよ」
信頼しているからこそ、二人は落に僕を選んでくれた。それなのに、僕だけが二人を信頼していなかった。実際に組みたいと思っていた理想の立ち位置を、最初から言うこともできなかった。弓道は個人競技ではない。チームで戦うスポーツだ。
「ごめん。僕は大切なことを忘れていた」
目の前の二人がいなければ、チームとして試合に臨むこともできなかった。仲間について考えることもしなかった。
「ようやくだな」
古林は一息吐き、安堵の表情を晒している。
「ああ。俺達はみんなで支え合わないと」
高瀬の笑顔が眩しかった。
「大前は高瀬君でいきたい。古林君は中で。そして、僕が落。それでいいよね?」
聞かなくてもわかっていたけど、二人に問いただしてみる。二人とも笑顔を浮かべていた。
「「おう!」」
ここからが試合に向け一番の正念場となる。このチームで大切な試合を勝ち抜かないといけない。ようやく僕達の男子弓道部が動き出した。一人で戦っているのではない。チームで戦っている。周りを見渡せば、大切な仲間がいる。
そう実感できている僕は、本当に幸せなんだと思った。
「最近どうなの?」
「まあ、順調かな」
そっか、と凛は安堵の表情を見せる。こうして凛と会話するのが久しぶりで、自分のことに集中していたと気づかされる。
喫茶店から家に帰り、自分の部屋の電気をつけると直ぐに携帯が震えた。画面を見ると凛からだった。電話に出るなり「窓の外を見て」と言われカーテンを開けると、目の前に凛の姿があった。
「今から家に行くから!」
そう言い残した凛は、数分後に玄関のチャイムを鳴らし、今に至っている。
「こうして凛の形を見るの、久しぶりだね」
「一が見ていない間に、私も成長したんだから」