「私は、真弓君なら絶対に会を取り戻せると思ってる」
「どうして……どうして取り戻せるなんて言えるんですか?」
「だって真弓君。頑張ってるもん」
「……頑張っても無理な時だってあるんです」
 当時の僕は早気の自覚はなかったとはいえ、中りを取り戻すため、皆に迷惑をかけないため、何より自分自身のために精一杯努力を重ねたつもりだ。それでも無理だった。治らなかった。努力が足りないと言われればそれまでかもしれないけど、精一杯やってきたつもりだ。
「でも、今ここにいる。まだ弓道と向き合おうとしている」
「…………」
「真弓君は大丈夫」
「…………」
 もはや言葉が出てこなかった。いろんな人に大丈夫と言われてきた。言われ慣れてしまった。口だけならいくらでも言える。藤宮先生も言っていたけど、その通りだ。目に見える結果がなければ道場だって使えるようにならない。早気が治らなければ、かけられた言葉は慰めにしか聞こえない。このように考えてしまうのは間違いだろうか。
「真弓君の周りには、支えてくれる人が沢山いるから」
 先輩は笑顔で僕のことを見てくれている。絶対に克服できる。先輩の笑顔は僕に訴えかけているみたいだった。
「それに、真弓君は私とは違うから」
「先輩?」
「ううん。何でもない」
 弓を弓置場に戻すと、先輩は弓がけを取り外した。
「今日はもう終わりにしましょう。続きはまた今度ってことで」
 先輩は満面の笑みを見せ、そのまま個室へと入っていった。
 道場に静寂が訪れる。気づけば既に日は落ち、辺りには夜の帳が下りている。ふと時計を見ると十八時を過ぎていた。
 制服に着替えた僕は矢道に靴を持っていき、安土に向かった。目の前には先輩の矢と僕の矢。その二つは対照的で、僕の矢だけが的に中っていなかった。
「クソッ」
 悔しさが口から放たれる。以前は当たり前のように中っていた。しかし、今は全く中っていない。目の前の安土に刺さっている矢が、今の僕を物語っている。
 どうして、早気なんて病気があるのだろうか。
 どうして、好きなことなのに、嫌な思いをしなければいけないのだろうか。
 どうして、僕なのだろうか。
 周りの人は簡単に治ると言ってくる。今の僕には、どうしても軽い気持ちで言っている風にしか聞こえない。
 だからこそ言える。早気になった人にしか、早気の恐ろしさはわからないんだと。