早気。僕が陥った、弓道をする人にとって致命的な病気。射法八節の一つである、会の時間が短い人や無い人のことを指す。早気にかかる人は、的に中てることに対する欲が強いだとか、会を意識していないだとか色々と言われており、原因のほとんどが精神的な面によるものだと言われている。
「で、でも、一は必死に形を直そうと努力してたじゃないか。俺は、早気の克服に全力で取り組んでいるお前を見てきた。実際に中りだって、徐々にだけど取り戻せてたじゃないか」
 橘の言いたいことは僕にも理解できた。当時の僕も、少しずつ克服できていると思っていたのだから。
「なあ、橘も知ってるだろ? 早気は簡単に治せるものじゃないってこと」
 発言に納得したのか、橘は何も言い返してこなかった。それを見て僕は続ける。
「そもそも、僕は早気だって自覚はなかったんだ。射形が悪くて中らないとずっと思っていたから。意識すべき根本が間違ってたんだよ」
 冷めた声が周囲に響き渡る。そんな重い空気を切り裂くように、後方から歓声が聞こえてきた。どうやら次の立が始まったみたいだ。
「それじゃ、僕はもう帰るよ。試合、頑張って」
 最低限のエールを送った僕は、橘の横を通りすぎようとした。
「なあ、待てよ」
 歩みを止め、橘の方に視線を向ける。怒っているのか、先程よりも橘の発する声音の節々に棘があるような気がした。
「何?」
「早気だってわかったなら、今からでも克服すればいいだろ? 一なら、克服できないことじゃないと俺は思うし、高校一年生の今なら時間だってある」
「……無理だよ」
「無理って、どうして?」
 橘が僕の顔を覗き込んでくる。橘の瞳は僕みたいに腐っていなかった。弓道を心から好きだって物語るような綺麗な目をしている。
「僕には治す根気がないんだよ」
「嘘だ!」
 僕の発言は橘に真っ向から否定された。橘にはすべてを見抜かれている。
「中学三年生の最後の大会に僕は出れなかった。今まで自信があった中りにも見放されたんだ。結局、本来の中りを取り戻せなかったし、早気だって自覚するのだって遅かった」
「でも、最後まで諦めずに克服するのが一のすごい所だろ?」
「……僕のことを買いかぶりすぎだよ」
 先程から視線を逸らさない橘に代わり、僕から視線を逸らした。橘と目を合わすことが苦痛で仕方がなかった。
「気づくのが遅かったんだ」
「一……」