「早気って、ほとんどが精神論で語られているんだ。中てようとする意識が強いだとか、的を意識しすぎだとか。中には、心の弱さや私生活の悩みから早気になる人もいるんだって。だから今回は大前さんに精神論よりもわかりやすい、音やテンポを意識してもらったんだ。それでも、ここまで成果があるとは思っていなかったよ」
 目の前で起こったことに、僕自身驚きを隠せなかった。自分で試したときは、全く効果がなかったから。
「これからは、練習時にはメトロノームを使うことにしようか。会以外でも同じテンポで弓を引くことができれば、より良い射形で引けるようになると思うから」
「はい!」
 元気よく返事をした大前は、自信を取り戻したような笑顔を晒している。
 昔の経験がうまく利用できている気がした。たとえ自分には効力がなくても、他人になら絶大な薬になることもある。僕も大前を見習わないといけない。自分の問題を解決しないと、二月の練習試合で廃部の可能性があるのだから。それだけは絶対に避けなくては。
 探さないと。僕にとっての早気に効く薬を。いったいどんな薬なんだろう。

「あれ、真弓君だよね?」
 練習後の帰り道。コンビニに寄って買い物をしていると、後ろから肩を叩かれた。聞き覚えのある声に振り向くと、見知った顔がそこにあった。
「雨宮先輩」
 挨拶をすると、先輩は笑顔をみせた。
「買い物?」
「はい。飲み物を切らしてて。先輩も買い物ですか?」
「そうね。それと、真弓君にもちょっとね」
 含みのある発言に、思わず先輩の顔に視線を移す。先輩は先程と変わらず笑顔だったけど、どこか冷めた表情で僕を見つめているような気がした。
「ちょっと外で話さない?」
「はい」
 僕が頷いたのを確認すると、先輩はそのまま外に出て行った。後を追いかけるようにして僕も外に出る。しばらくの間、先輩は無言のまま歩き続けた。隣に並ぶのが怖くて、僕は一歩後ろをついていく。
 先日のふささら祭りでは普通に話せていた。だけど目の前にいる先輩は、先日とは違う雰囲気を醸し出している。
 あれこれ考えていると、先輩は歩みを止めて後ろを振り向いた。
「ちょっと射ってかない?」
「いいですけど。道場まで戻るんですか?」
「戻らないよ」
「それじゃ、どこで射るんですか?」
 先輩は僕の質問を気にせずに笑みを見せると、踵を返してそのまま歩き出した。