同じ仲間を見つけたように、大前は僕に歩み寄ってくる。その姿は先程とはまるで別人のようだった。
「僕は一度、弓道を辞めようと思った。それくらい早気は人の心を虫食む病気なんだ。僕と同じ思いを大前さんにはさせたくない」
「先輩……」
 大前の表情が緩んだ。今まで警戒されていたみたいだけど、どうにかして僕の気持ちを伝えることができたみたいだ。
「さあ、練習に戻ろうか」
 僕はそう告げると、周囲の人達を一瞥する。咄嗟に周囲の人達は僕から視線を逸らし、そのまま各々の練習に戻っていった。静寂に包まれていた道場に、活気が戻り始める。その様子にほっと息を吐いていると、大前が僕の顔を覗き込んできた。
「わかりました。先輩を、私の指導者に任命してあげます」
 屈託のない笑顔を見せる大前に、僕は懐かしい気持ちを抱いた。なんとなくだけど、大前は凛と似ている気がする。自分の意志をしっかりと持っていて、年上に対しても強気な発言をしてくる。
「先輩。もう一度見てください」
 大前に対して、今はできることを精一杯やろう。今見せてくれている笑顔を消すようなことだけは絶対に避けよう。僕だけが苦しんでいるわけではない。早気という病気に苦しんでいる人は、沢山いるんだ。そんな事実に気づかせてくれた大前に、心の底からありがとうと言いたいと思った。