道場に戻ると、自主練が始まっていた。高瀬はいつの間にかジャージに着替え、中学生の練習に交じっている。古林は一人ずつ的確なアドバイスを送っている。古林の教え方を見る限り、やはり弓道経験者だと実感する。
 弓道では射法八節全ての形が重要になってくる。しかし、それ以外にも大切なことは多くある。弓手の()(うち)、体のバランス、三重十文字(さんじゅうじゅうもんじ)五重十文字(ごじゅうじゅうもんじ)伸合(のびあ)いと詰合(つめあ)い、呼吸のリズムで引くことができているかなど。指導者によって教え方、考え方はさまざまだ。その中でも古林は手の内について教えていた。弓をもって、自ら手の内について指導する古林の姿は指導者そのものに見える。僕なんかいなくても大丈夫だと思ってしまうくらいだ。
 各々の練習を見ながら、道場の一番端の場所で練習している大前のところに向かう。取懸けが終わり、打起しに入ろうとするタイミングだった。僕は形が良く見える距離まで近づく。
 大前は顔を上げて僕を一瞥すると、そのまま物見を入れて打起しに入った。大三をとり、引分けを経て会に入る。
 瞬間、大前の矢が的に向かって放たれる。会は言うまでもなく保てていなかった。
 僕は目の前の女の子にどう対処すべきか決めきれていなかった。ただ、僕と同じ過ちを犯させてはいけない。それだけを考えて大前に話しかけた。
「大前さんって、早気だよね?」
「そ、そうですけど」
 僕の言葉に大前はピクリと身体を震わせる。あえて僕はストレートに問いかけた。遠回しに言うよりも、大前自身が言ってもらったほうが楽だと思ったから。
「今後、大前さんの早気の指導をしていくから。よろしくね」
 僕がそう告げると、大前は直ぐに表情を曇らせた。
「全国二連覇をしたから早気を治せるなんて、ふざけすぎです」
「ふざけてないよ。全国二連覇なんて関係ない。早気は本当に難しい病気なんだ。早めに治さないと、本当に後悔することになるから」
「あなたに言われたくないです」
 びしっと放たれた言葉に、僕は萎縮してしまう。大前は続けて僕に言った。
「弓道でずっといい思いばかりしてきたくせに。弱者のことなんか考えられないくせに。あなたみたいに活躍したことしかない人に、私のことを言われたくないです」
 大前の言葉に僕は何も言い返せなかった。逆の立場だったら間違いなく、僕も大前と同じことを言っていたと思う。