何を言うべきか考えていなかった僕は、状況を理解できないまま挨拶をする。一方の大前は僕のことを一瞥しただけで、そのまま道場内へと戻ってしまった。
「的場先生。いったいどうなってるんですか? 僕、こんな話聞いてないんですけど」
「道場を使えるんだから、こっちも何かしてあげようと思ってな。中学時代に全国大会二連覇したんだろ? それなら、問題なく教えられるだろ」
 はははと笑いながら、的場先生は道場内へと戻っていった。
「すまんな、真弓。的場は昔からマイペースというか、能天気な奴なんだ」
「そうですね」
 僕は呆れて開いた口が塞がらない。やはり先生としてどうなのかと思ってしまう。
「それで、大前についてなんだが。さっきの立を見てわかったと思うんだけど」
「僕と同じですね」
「……ああ。その通り。大前は早気なんだ」
 真矢先生の言葉に自分の身体がピクリと震えた。早気という言葉に無意識に反応するようになっているのかもしれない。僕の様子を窺うようにして、真矢先生は続ける。
「そこで、真弓にぜひとも早気克服の指導をしてほしいんだ」
「早気って……無理ですよ。早気の僕が、早気の人を指導するなんておかしいですよ」
 当然のように僕は否定する。真矢先生と的場先生の考えが理解できない。
「そうか。でも的場と交わした約束には、真弓が大前を教えることも条件に含まれてるんだ。だからもし条件を飲むことができないようなら、道場の使用許可は出せないな」
 的場先生がさっき言っていた条件の意味を、僕はようやく理解した。
「先生……卑怯ですね。さっきは力になりたいって言ってたのに」
「もちろん、真弓の力になりたいと思ってる。だけど、これは的場との約束なんだ。俺も決して無理じゃないことだと思っている。大前に教える条件を飲めないとなると、今回の話は無しにするつもりだ」
 真矢先生はそう言い残すと、道場内へと戻っていった。
 僕は大人の卑劣さを実感した。もしこのまま僕が教えるのを断ったら、練習場所がなくなることになる。そうなると、高瀬と古林にも迷惑がかかる。チームとしてようやく動き始めたところなのに、僕のせいでチームを潰したくはない。
 やってやる。自らの知識を存分に活かして、先生達を圧倒させてやる。早気になってしまった場合の治し方はこうだと示してやる。二度と僕と同じ過ちは起こさせない。僕が一泡吹かせればいいだけなんだ。