残心から解放されると、凛は再度観客席へと視線を移した。そして僕を見つけると、先程と同じく満面の笑みを見せつけてきた。
「何やってるんだよ。試合中だろ」
 思わず呟いていた。ここまで感情豊かでわかりやすい人間は、今まで出会った中で凛しか見たことがない。僕の目には、輝いている凛の姿しか映らなかった。

 凛の立が終わった。結果は四射一中で予選落ち。的に中ったのは、結局最初の一本目だけだった。それでも高校から弓道を始めてこの結果なら、誰も文句は言わない。むしろ上出来だと褒めてもらえると思う。
 立の入れ替わりを区切りに、僕は鉄柵から離れた。凛の立も終わったし、とりあえず一言くらい声をかけなくては。会いに行く約束をしていた僕は道場に向け歩を進めた。
「あれ、もしかして(はじめ)か?」
 前方からとある男性に声をかけられた。袴姿ということは、今日の大会に出場している生徒だろう。男性の顔に視線を向けると、懐かしい顔が僕の双眸に飛び込んできた。
「……橘?」
「久しぶりだな」
 清々しい笑みを見せる好青年。橘琢磨(たちばなたくま)。同じ中学校出身で、弓道部では一緒に自主練習をしたり互いの射形を見合ったりと、弓道の技術を一緒に磨いた良き友でありライバルだった。
「試合、見に来たのか?」
「うん。凛が大会出てるから」
「楠見か。お前、中学の時からいつも楠見と一緒だったもんな」
「家が隣だから、必然的にそうなっただけだよ」
 そうか。と橘はケラケラ笑う。久しぶりの会話だったけど、昔と変わらない橘に上手く乗せられたおかげで、意外にも平常心を保つことができていた。
「なあ」
「ん?」
「一は試合に出ないのか?」
 先程とは打って変わり、頑なな表情で語り始める橘に僕はありのまま答えた。
「うん。部活にも入ってないし」
「入ってないって……本当に弓道辞めちまったのか」
 鬼気迫る勢いで詰め寄って来た橘に、思わず委縮してしまった。
 橘とは互いに切磋琢磨できる仲だった。もし弓道を続けていたなら、僕は橘に臆することなく対等の関係を築けていたのかもしれない。
「辞めたよ」
 橘から目をそらし、小さく呟く。そんな僕の反応を見透かしているかのように、橘は理由を聞いてきた。
早気(はやけ)が理由か?」
「……うん」