「そうね。たしかに私達女子弓道部は被害を受けた。当時一年生だった私は矢面に立つことはなかったけど、その時の部長だった先輩はそれがきっかけで部活を辞めてしまったこともあった」
 先輩の言葉に、僕は顔を上げることができなかった。話を聞くだけで申し訳ない気持ちが心の底からこみあげてくる。
「でも私は、それも草越高校弓道部が歩むべき道だったんだと思う」
「先輩……」
「だって全国三連覇した高校だよ。正直、私は男子の三連覇があったから草越に来た。私と同じ考えの人も多くいるわけだし。草越を選んだのは自分なんだから、それを素直に受け止めなきゃいけないと私は思うの」
 笑顔を見せた先輩の表情に僕は虚をつかれた。全くの予想外の展開に、僕はついていくのがやっとだった。
「だから私は、男子弓道部のことは嫌だとか思っていない。むしろそう思っている部員がいることの方が悲しい」
 先輩は言い切ると、はーっと息を吐いた。
 僕は先輩の発言が信じられなかった。先輩の考え方が大人というか、少なくとも僕には考えることができない発想だった。
「そういえば、男子って練習どこでしてるの?」
「道場が使えないので、今探しているところです」
「やっぱりね。藤宮先生は男子弓道部を嫌っているからね」
「でも、顧問の先生もどうにかしてくれると言ってましたから」
「顧問?」
「はい。的場先生です」
 期待はできないけど、一応顧問の先生。それなりの結果は持ってきてくれるはずと、僕は勝手に思っている。
「的場先生なんだ。優しそうな先生だよね」
「優しいのはいいんですけど、適当すぎて少し不安があります」
「そうかな? 芯の通った先生だと私は思うけどな」
 先輩は風になびく髪を押さえながら、笑顔を作った。先輩の発言は僕の見ていないところを見ている気がした。
「私、もう行かないと」
 先輩の視線をたどると、先輩の家族と思われる人達がこちらを見ていた。
「先輩!」
「何?」
「名前、教えてくれませんか?」
 僕の質問に、先輩は微笑みながら答えてくれ。
雨宮楓(あまみやかえで)。これからよろしくね。真弓君」
 屈託のない笑顔を見せ、先輩は去って行った。