僕と古林を一瞥した高瀬は咳払いすると、自信を持ってその理由を告げた。
「少なくとも、楠見さんは俺達のことを嫌がってないと思う。俺にはわかるんだ」
 高瀬のはっきりとした口調に気圧される。凛と言い合いになって以来、お互い避け続けていたからなのかもしれない。久しぶりに聞いた名前に気が動転する。
 高瀬は僕の肩に手を置き、視線を合わせてくるとそのまま続けた。
「明日と明後日の二日間、ふささら祭りがあるじゃん。そこに楠見さんを誘って、道場について交渉すればいいと思う」
「なるほど。入学当初に噂が立ってた楠見と真弓なら、交渉もうまくいくかもしれないな」
「噂って。その誤解は前に解いたから。凛とは本当に幼馴染なだけなんだって。それにみんなで交渉するんだから、僕だけ頑張っても意味ないよ」
 僕の言葉に高瀬と古林は首を傾げている。どこか腑に落ちないことでもあったみたいに。
「いや、俺は真弓君と楠見さんが二人きりで行くことを提案してるんだけど」
「俺も。真弓が交渉に行くと思ってるんだが」
 二人の思考は一致している。僕の考えとは真逆だった。
「む、無理だよ。今は凛と……話したくないんだ」
「楠見さんと喧嘩してるから?」
 高瀬の言葉に、思わず虚を付かれた。凛と喧嘩していることが知られている。
「どうして知ってるのさ?」
「二人を見ていればわかるよ。特に楠見さん。最近、元気ないように見えるし」
 凛のことが好きな高瀬だからこそわかったのかもしれない。毎日見ている高瀬なら、僕なんかよりも凛について知っている。
「でも高瀬君は凛のことが好きなんでしょ? それなら、高瀬君自身が凛を祭りに誘えばいいじゃん。仲を深めるチャンスなんだし」
「それで楠見さんに元気が戻るなら、俺は迷わずそうする」
 いつも以上に大きな声で話す高瀬の声に、僕は畏縮して返す言葉が出てこなかった。何も言わない僕を見て高瀬は続ける。
「でも、今の俺には楠見さんを元気づけることができない。その役割は、真弓君。君なんだよ」
 高瀬の言葉に、僕は何も言い返せなかった。
 言い合いになったあの日、凛と仲直りする日がすぐにくると思っていた。いつもの調子なら一週間もすれば、凛の方からしびれを切らして話しかけてくるはずと。でも、既に一ヶ月が経っている。それでも凛は一向に話しかけてこない。そんな状況で僕が凛を元気にするなんて無理だ。