「ありがとう、真弓君。練習試合で勝てば、道場を使えるかもしれない」
 職員室にいることも忘れて高瀬は喜んでいる。
「高瀬君。喜ぶのはまだ早いよ」
「どうして?」
「少なくとも藤宮先生の言い分じゃ、大会が終わるまでは道場が使えないってことだよ」
「それって練習できないんじゃ……」
「今気づいたのかよ!」
 僕は高瀬の危機感の薄さにうんざりした。
「練習試合が二月で、今は十一月。たった三ヶ月しかないのに、練習場所もなし。こんな悪条件を提示してきた藤宮先生は、相当の悪だと僕は思うよ」
「で、でも、どうにかなるよね。真弓君がいれば」
 高瀬の発言に引っかかる部分があった。
「どうして僕がいれば、大丈夫ってなるの?」
「だって、それは……」
 高瀬は言いたくないのか、口を濁した。しばらく沈黙が続く。
「おっ、高瀬じゃないか」
 沈黙を破ったのは僕でも高瀬でもなかった。僕達に話しかけてきたのは、濃い髭が特徴的などこか気の抜けた先生だった。
的場(まとば)先生じゃないですか」
「的場先生?」
「うん。現国の臨時教師の先生だよ。二年生担当だから真弓君は知らないかも」
「それなら高瀬君も知らないはずじゃ」
「有名な先生だから知ってるんだ。生徒に対してフレンドリーで、友達感覚で話せる先生と言えば、的場先生って」
「そんな噂、僕は知らない。しかもそれって先生としてどうなんだか」
「おいおい、俺ってそんなに一年生に有名じゃないのか? しかも、今そこにいる眼鏡君に馬鹿にされた気がするんだけど。ショックだな」
 ポリポリと頭をかく的場先生は藤宮先生と違い、柔和な印象を覚える。
「それはそうと、高瀬。お前たしか弓道部だったよな。俺、今年の四月から臨時教師やってるけど、部活の顧問につけってとうとう言われてさ。もしよかったら、俺がやってやろうか?」
「本当ですか!」
「まあ、何だ。俺も学生時代は弓道部だったから、ちょっとは役に立てるんじゃないかと思って。それに、弓道なら一から覚えることがなくて楽できそうだしな」
 本当に適当な性格をしているのかもしれない。社会人なら、髭くらい剃るのが普通じゃないのか。しかも僕のことを眼鏡君と言ってきた。
「弓道部。決して楽じゃないですよ」
「おっ、眼鏡君。どうして楽じゃないって言えるんだ?」