職員室に着くと、高瀬はすたすたと慣れた足取りで中まで歩いていく。目的がわからないまま高瀬の後についていくと、高瀬はとある先生の目の前で止まった。僕達に気づいたのか、机に向かっていた先生が振り向く。
「何か用かしら?」
「はい。実は、藤宮先生にご相談したいことがありまして。今、お時間よろしいですか?」
「ええ、大丈夫よ」
「ありがとうございます」
 目の前で腕組みして、僕達を見つめてくるのは数学教師の藤宮(ふじみや)先生だった。美人で生徒から信頼されている先生。しかし生徒を注意する際に放つ厳粛な雰囲気と、気の強い性格のせいか苦手としている生徒が多い。無論、僕も苦手な先生だ。
「その、男子弓道部に道場を使わしていただけないでしょうか」
 お願いしますと言い、高瀬は頭を下げた。つられて僕も一緒に頭を下げる。
「男子弓道部ってまだ活動してたのね。全員、辞めたと思ってたのだけど」
 藤宮先生の言葉に棘を感じた。言い方から、男子弓道部のことを良く思っていないことが伝わって来る。そんな僕とは対照的に、高瀬は顔を上げると爽やかに答えた。
「僕達、今年入学した一年生です。男子弓道部に色々あったことは聞きました。それでも、僕達は弓道をやりたくて。道場を使いたくて。だから、お願いします」
 再度頭を下げ、高瀬はお願いする。たとえ部活が対外試合禁止だからと言って、活動してはいけないことにはならない。しかし、藤宮先生の口から放たれた言葉は残酷だった。
「ごめんね。それは無理なの」
「どうしてですか?」
 高瀬は食い下がる。
「昨年の四月に不祥事があったでしょ。そのせいで、女子弓道部の部員達が男子と一緒に練習することに怯えているの」
「俺達はそんなことしません」
「口だけなら簡単に言えるわ」
 机に置いてあったマグカップを手に取り、藤宮先生は口をつける。僕達の反応をうかがうように一瞥すると、そのまま話し続けた。
「それに、部員ってあなた達二人だけでしょ? 二人の男子部員の為に道場を共有するっていうのは、私は嫌かな」
「それって先生の意見ですよね? 実際は対外試合が禁止なだけで、部活動を禁止しろとは言われてないはずです。それに対外試合禁止も十一月になったので、今日で解除されたと思うのですが」
 僕は頭にきて反発した。今まで黙って二人の会話を傍観していたけど、先生が言っていることに納得がいかない。