焦り始めた高瀬は人差し指を口元にあて、僕に必死に訴えてくる。どうやら言ってはいけなかったことらしい。古林に視線を向けると、高瀬のことを睨んでいた。
「高瀬。俺は真弓が弓道部にいるから、入るって言ったよな」
「そ、そうだったような……ははは」
「笑っても無駄だから。真弓がいないんじゃ、この学校で弓道やる意味がない。さっきの話はなかったことにしてくれ」
「古林君。ちょっと……」
 高瀬の声がけもむなしく、古林はその場から立ち去ってしまった。
「ごめん。真弓君を出しに使っちゃった」
 目の前で両手を合わせて高瀬が謝ってくる。
「どういうこと?」
「実は弓道部員を増やそうと思って、同級生に声がけしてたんだ。だけどほとんどの人が部活に入ってて。そんな時に古林君を誘うことを思いついたんだ。古林君、いつも授業終わると直ぐに帰り支度始めて帰っちゃうでしょ。だから部活に入ってないと思って」
「確かに古林君は部活に入ってないみたいだよね。でも、それと僕を出しに使ったのって何が関係あるの?」
「実は古林君を誘った時に、他に部員はいるかって聞かれたんだ。それでつい真弓君の名前を出しちゃって」
 頭をかいている高瀬は、反省の様子も見せずに笑顔で語る。爽やかな笑顔で言われると、強く言い返せない。
「なるほど。だから僕を出しに使ったと」
「ごめん。でも、真弓君の名前を出したら古林君の目つきが変わったんだ。そして、真弓がいるなら考えてやってもいいって言ってくれたんだよ。だから嘘ついた」
 高瀬が頭を下げてくる。高瀬の気持ちもわからなくもなかった。ただでさえ、部員が高瀬一人なのだから、使える手段があるのならそれを行使したくなる。僕も同じ立場だったら高瀬と同様のことをしていたかもしれない。
「まあ、別にいいよ。なんか、力になれなくてごめん」
 自然と僕のほうが高瀬に謝っていた。
「それでさ、今日はもう一つだけ頼みがあるんだけど」
「何?」
「俺と一緒に職員室に来てほしいんだ」
「職員室?」
 首を傾げる僕を見て、高瀬は頷く。
 さっき力になれなかったし、付き添いくらい問題ないだろう。僕は高瀬の頼みを了承して、とりあえず職員室に向かうことにした。