凛は僕にとってお姉ちゃんみたいな存在だ。昔から面倒見が良く、引きこもりがちな僕の手をひいては近所の公園に行き、一緒に遊んでくれた。明るくとっつきやすい凛の周りには自然と人が集まっていた。だけど自分が嫌なことをはっきりと口にして相手に伝える凛は、昔から友達に対しても容赦がなかった。男勝りな性格のせいで友達と口論になり、それが引き金となり喧嘩に発展することがよくあった。
 そんな凛の喧嘩を止めてくれたのが翔兄ちゃんだった。喧嘩が始まるといつも仲裁に入ってくれて、最後には仲直りまでこぎつけさせる。翔兄ちゃんは凛の抑止力になっていた。
 他人の言うことを気にせず、自分の意見を貫き通す凛が唯一従順になる相手は、僕ではなく翔兄ちゃん。普段から隣で二人の会話する姿を見ていた僕は、凛の好きな人が翔兄ちゃんなんだとその時思った。凛が高校から弓道を始めたのも、翔兄ちゃんに近づくため。本人に確かめたわけではないけど、翔兄ちゃんの名前を聞くだけで喜ぶ凛を見ていたら誰でもわかってしまう。だからこそ実績がある大好きな翔兄ちゃんに弓道を教わるほうがいいと思ったのに、凛は僕に教わりたいと言ってきた。
 あの日、言い合いになってから一ヶ月。凛と一言も話さず今日まで過ごしてしまった。正直、凛がここまで怒る理由が僕にはわからなかった。すれ違った際も、僕のことをあからさまに避けるように顔を背けてくる。僕には凛がどこか無理をしているようにしか見えなかった。

「真弓君、ちょっといいかな?」
「うん。何?」
 放課後、帰り支度をしていると高瀬が話しかけてきた。久しぶりだなと思っていると、高瀬の後ろにもう一人付き人がいた。
「実は、弓道部に入ってくれる人がいてさ」
 高瀬は後ろに隠れていた付き人を僕の前に押し出した。押し出された彼の顔を見て、僕は少し意外だなと思った。
「古林君……」
古林修(ふるばやしおさむ)。人との関わりを一切持たない青年。古林が教室で同級生と話しているところを、僕は見たことがなかった。授業間休みも昼休みもいつも一人でいる。我が道を進む、孤高の人間という印象が強かった。
「真弓だな。今日からよろしくな」
「よろしく……でも、僕は弓道部入ってないから、高瀬君に色々聞いたほうが――」
「ちょ、ちょっと」