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「よっしゃー!」
 静謐な道場に向け、声援を送る大勢の袴姿の集団。的に矢が中るたびに、各校の弓道部員が声を大にして叫んでいる。初めて弓道の試合を見に来た人は、この光景を見ると驚きを隠せない表情を晒す。僕自身初めて弓道の試合を見た時、開いた口が塞がらなかった。
 弓道は地味で堅苦しいスポーツといった印象が強い。僕が弓道をしていた時、同級生のほとんどは声を揃えて同じことを言ってきた。僕からすると、そう言ってくる人は弓道を知らない人達だと思っている。弓道は他のスポーツと同等、それ以上に熱いスポーツなのだから。
 袴姿の学生の脇をすり抜け、鉄柵越しに見える道場内を見渡す。先程まで歓声があがっていた立は終わりを迎える頃となり、それに合わせて次の立の生徒が入場してくる。
 先頭で入場してきた立には幼馴染がいた。
 楠見凛(くすみりん)。ショートカットが似合っている、元気で明るい女の子。髪型や性格、男勝りな口調も重なり、クラスの男子から「男女」と呼ばれている。昨日の発言も踏まえると、そう言われても仕方がないと僕も思ってしまう。
 でも、今日の凛は明らかに雰囲気が違った。袴姿と道場の組み合わせが、相乗効果を生み出しているのかもしれない。それでもその効果を除いたとしても、今日の凛は格好良く見えた。決して男としての格好良さではなく、女の子としての格好良さを見せていた。
 各校、最初に矢を放つ大前の人が矢番え動作に入る。凛も矢を番えると、的の方に顔を向けていた。しっかりとした物見。そしてここから「打起(うちおこ)し」に入る……と思ったけど、凛は打起しをしなかった。凛の双眸は一度捉えていた的ではなく、観客席に向いている。その視線はまるで誰かを探しているようだ。そう考えていた僕の予想は見事に当たった。僕と凛の視線が重なる。
 瞬間の沈黙。静謐な空間から眺めてくる一人の女の子に、僕は虜になっていた。身体が思うように動かない。まるで金縛りにでもあったかのようだ。一方の凛は、凛々しい表情を緩めたかと思うと、ニッコリと笑顔を見せてきた。
 瞬間、他校の大前が一射目を放った。
 静謐な空間に響いた弦音を皮切りに、凛の表情が一瞬で変わる。僕を見つける前の凛々しい表情に戻った凛は、再度物見(ものみ)を入れると打起しの動作へと進んだ。