家に帰った僕は、真っ先に自分の部屋へと向かった。クローゼットを開け、収納ケースを開ける。いっぱいに詰め込まれていた本を外に出し、奥底からお目当ての本を取り出した。
 弓道を始めた頃、とにかく読み込んだ弓道教本。基本は全てこの中に詰まっていると言っても過言ではない。ページを捲るたびに、懐かしい文面が僕の頭をくすぐる。とある文面がページを捲る手を止めた。
 射法八節(しゃほうはっせつ)。射法において基準となる動作を、八項目に分けて説明している。足踏(あしぶ)み、胴造(どうづく)り、弓構(ゆがま)え、打起(うちおこ)し、引分(ひきわ)け、(かい)(はな)れ、残心(ざんしん)残身(ざんしん))の八項目。一つでも抜かしてしまうと、弓道では致命的となる。
 中学生の頃、翔兄ちゃんから射法八節について教わったことがあった。翔兄ちゃんは、とにかく見て覚えろとしか僕に言われなかった。今思うと、ものすごく適当に教わった気がする。だけど翔兄ちゃんの見せてくれた動作は、今でも鮮明に思い出すことができた。
 凛に教える為に色々と要点をまとめていると、インターホンが鳴った。気づけば既に十九時を過ぎている。急いで玄関に向かうと、スーパーの袋を持った凛が目の前にいた。一旦家に帰ったのか、凛はジャージ姿だった。
「おっす」
「おっす。何か買ってきたの?」
「カレーの材料買ってきた。今日は私が料理作るから」
「別にいいよ」
「駄目。教えてもらうんだから、それくらいさせなさいよ」
 そう言い残すと、凛は家の中へずかずかと上がりこんでいった。そして慣れたようにキッチンの方へ足をはこぶと、僕に断りもなしに冷蔵庫の中身を凝視する。
「やっぱり。ちゃんとした食事取ってないでしょ」
「食べてるよ。かつ丼とかピザとか」
「それって出前でしょ。栄養偏っちゃうよ。全く、私がいないといつもこうなんだから」
 ため息を吐いた凛は、鼻歌を歌いながら台所で調理をしはじめた。
 凛は男勝りな性格のわりに料理だけは上手い。昔から凛のお母さんと一緒にわざわざ家にやってきては、料理をふるまってくれた。今もこうして料理を作ってくれる。そんな凛の背中は、どこか母さんの面影を感じた。