「それに、今は道場使えないんだ」
 さらっと告げられた一言に、僕は理解が追いつかなかった。高瀬の言葉を脳内で反芻する。
「道場使えないって、ちゃんとした練習できないよね。どうするのさ」
「だから活動してないってさっき言ったんだけど……」
 高瀬に身体を押し返される。いつの間にか高瀬の方につんのめっていた。
 どうしてだろう。今の男子弓道部についてもっと知りたいと思っている。どうして道場が使えなくなったのだろうか。思考を巡らせていると、高瀬が口を開いた。
「入学当初の男子弓道部は、今とほとんど変わらない状況だった。そもそも、男子は部活勧誘をやっていなかったんだ。流石におかしいと思ったから、女子弓道部の顧問の先生に直接聞きに行った。そしたら、部活はあるけど活動休止中って言われて。その時に、去年あった出来事を初めて知ったんだよ」
 一年半の対外試合の禁止。その影響が男子弓道部に重くのしかかっている。
「三連覇を成し遂げて以降、男子弓道部の部員はかなりの数に増えたらしい。全国各地からも練習試合の声がかかる強豪校になったんだって。でも、翌年の四月の予選大会で不祥事が起こった。それ以降、次々に部員が退部。挙句の果てに、部員は一人も残らなかったらしい。それを見て、女子弓道部の顧問の先生が男子弓道部の道場使用を禁止したんだって」
「男子の顧問の先生は何も言わなかったの?」
「それが、当時の顧問の先生は責任を取る形で他校に転勤になったらしい。だから顧問の先生もいない状態なんだって」
 高瀬の話に返す言葉がなかった。三連覇という、前人未到の快挙を成し遂げた男子弓道部とはいったい何だったのか。一回の過ちで、ここまで見事に廃れてしまうほど男子弓道部はもろかったのか。翔兄ちゃんの存在がとても大きかったことがわかる。
「ところで、真弓君は弓道好きなんだよね?」
「あっ、いや……」
「絶対好きだよ。男子弓道部の心配してくれてるみたいだし」
 キラキラと輝く高瀬の目から、視線を逸らそうとした。しかし高瀬はそうはさせないとばかりに、僕の双眸を覗き込んできた。
「一緒に弓道やろうよ」
 爽やかな笑顔で語り掛けてくる高瀬に、心が動きそうになる。
 高瀬となら、楽しく弓道に打ち込めるかもしれない。でも、楽しくなくなることが予想できた。早気がある限り、僕は駄目なのだから。
「ごめん。弓道はやらない。それに凛と話すから弓道を知っているだけで、興味ないからさ」
 ごまかすように僕は笑ってみせた。
 高瀬には純粋に弓道を楽しんでほしい。やる前から弓道の病気に触れる必要はない。それに、僕みたいに潰れてほしくない。
「……わかった。もし、弓道部に入りたかったら声かけてよ」
 そう言って、高瀬は教室内に戻っていった。僕には高瀬の後姿が深く落ち込んでいるように見えた。