呆気にとられる発言をした高瀬は、恥ずかしいのか頭をかいていた。どうやら高瀬は翔兄ちゃんへの憧れだけで、本当に草越高校に入学を決めたみたいだ。
「席に着け」
 担任の先生が教室に来たところで、一旦話は打ち切りとなった。高瀬はまた後でと僕に話しかけ、自席に戻っていった。

 放課後となり、帰ろうと廊下に出ると凛に捕まった。
「今日から教えてよね。部活終わったら家に寄るから」
「わかってるよ」
「よーし。それじゃ」
 一言二言交わして凛と別れた。凛は一組で僕は二組。明らかに待ち伏せされていた。僕が逃げると思って忠告しに来たのかもしれない。
「ま、まま、真弓君!」
「あっ、高瀬君」
「今、楠見さんと話してたよな?」
「そ、そうだけど」
「二人ってどんな関係なんだ?」
 切羽詰まる勢いで詰め寄ってくる高瀬に、僕は圧倒される。
「どんなって……高瀬君知らないの?」
「知らないよ。何? 何なの?」
「凛はただの幼馴染だよ」
「お、幼馴染……」
 高瀬は安堵の表情を晒した。
 入学当初、僕と凛は常に一緒に帰っていた。幼馴染だし、家も隣だから一緒に帰ることに抵抗はなかった。僕は気にしなかったけど、思春期真っ盛りな周りの高校生は、色恋沙汰のにおいを嗅ぎつけると直ぐに食いついてきた。おしどり夫婦と茶化されたこともあった。それでも凛が弓道部に入ってから一緒に帰らなくなったのと、凛の男勝りな態度が皆に知られてからは、次第にからかってくる人もいなくなった。
 あれだけ学年中に広まっていたのだから、高瀬も知っていると思っていた。
「だから楠見さんのことを名前で呼んでるのか」
「うん。でも昔から呼んでるし、特に何もないから心配しなくていいよ」
 爽やか王子の異名が台無しになるくらい取り乱す高瀬を見て、僕は思わず笑ってしまった。
「それより、高瀬君に聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと?」
「うん。男子弓道部の活動について」
「最近は活動してないかな。たまに大会とかあると見に行く程度だし」
「もしかして実際に弓道やったことって……」
「ないよ」
 爽やかな笑顔で高瀬は答える。
 弓道の知識を持っているのにも関わらず、実際に弓を握って的に向かったことがない高瀬が可哀想で仕方なかった。今の高瀬は知識だけの宝の持ち腐れ状態。もし弓道部が活動していたら、高瀬は今以上に弓道の楽しさを知ることができたのかもしれない。