僕に詰め寄るように身を乗り出した凛の顔は、期待に胸を膨らませている子供のようだった。
「……やらないよ」
「何でよ?」
「まだ……怖いんだ」
 僕の心中には、早気の恐怖がまだ取りついている。翔兄ちゃんにできると言われたのは、正直嬉しかった。嬉しかったけど、自ら弓を引くことにまだ抵抗がある。
「早気だよね。翔兄ちゃんから色々聞いたよ。弓道で最も恐れるべき病気だって」
「やっぱり凛が言ってたんだね。翔兄ちゃんに」
「ごめん……でも、私じゃ力になれなかったし、一の弓道について一番知ってるのは翔兄ちゃんだと思ってたから」
「謝らなくていいよ。そのおかげで、翔兄ちゃんからアドバイスをもらえたから」
 アドバイス? と小首を傾げる凛を前に、僕はゆっくりと頷いた。
「指導者としてどうだって言われたんだ。弓道は嫌いじゃないし、別に選手だけが弓道の全てじゃないと僕も思っているから」
「…………」
「それに経験値が上の僕が教えれば、少しは凛も上手くなるんじゃないかな」
「……一のくせに、生意気言うな」
 今度は凛が僕にチョップをくらわした。自然と笑いが溢れた。
「でも、女子弓道部に僕が行くのは抵抗あるから、形の指導だけになると思うけど」
「えっ、男子弓道部に復帰するんじゃないの?」
 パフェのフレーク部分を食べようとしていた凛が手を止め、表情を変えた。
「弓道部って、まだ活動の見通しがたってないんじゃ」
「男子弓道部は試合ができないだけで、ちゃんと活動してるから」
「それなら、部員は今何人いるんだよ?」
「一人……かな」
「帰る」
「ちょ、ちょっと待って」
 僕が席を立つと同時に、凛が袖口を掴んで阻止してきた。
「一人は活動してるうちに入らないだろ。だいたい、僕は弓道部に復帰するなんて一言も言ってないよ」
「そうだけど……私は一が弓道部に入って、一緒に形を教えあうのが一番だと思ってたから」
 凛の言うことは間違っていない。実際に弓道は教えあうことで大きく成長していく。男子も女子も関係なく教えあうことができるのも弓道の魅力だ。
「僕はあくまで弓道について知っていることを教えるだけ。弓道部に入るのは……無理だよ」
「……わかった。とりあえず、私の指導よろしくね」
 追及するのを諦めたのか、凛は笑顔を見せると残っていたパフェを口に頬張り、席を立った。
「あれ、夕飯食べるんじゃないの?」