憎たらしい顔を晒しながらクリームを頬張る凛は、鼻歌を歌いながらパフェを食べていた。能天気な凛を見ていると、何故だか嫌なことも忘れて気楽になれる。
「翔兄ちゃん、今日は凛の家に泊まるって言ってたぞ」
「うそ! マジで」
 目を輝かせながら、凛は身を乗り出して喜びを表現した。
 凛は翔兄ちゃんのことが好きだと僕は思っている。小さいころから色々と面倒を見てくれたのもあるけど、二人は従兄妹同士で僕よりも親密な関係。身近にルックスも抜群で、弓道もできる人がいるんだ。凛が翔兄ちゃんに惚れないわけがない。
「夕飯、凛の家で食べるみたいだし、僕なんかと食べないで早く家に帰ったら?」
「今日は……いい。ここで食べる」
「……そう」
 凛が喜びそうな情報を教えてあげたけど、さっきみたいに騒ぐことはなかった。急に静かになった凛に対して、かける言葉が見つからない。
「あのさ、今日の私の試合どうだったかな?」
「新人戦にしては上出来じゃないかな」
 思ったことをそのまま凛に伝えた。高校で弓道を始め、最初の大会で一本中てることができたのだから。
「でも、橘君は個人戦で三位入賞したんだよ。一年生なのに」
「橘……」
 今朝、橘と交わした言葉が脳内を駆け巡る。既に橘は僕の知らない世界に飛び込もうとしている。僕との力の差はかなりついたと言ってもいいだろう。
「私、もっと上手くなりたいって思った。たしかに橘君は中学でも弓道をしていたから、今日の結果は当然かもしれない。だけど私も練習すれば、きっと橘君以上に成績を残せると思うの」
 キラキラした双眸で僕を見つめてくる凛の純粋さは、昔からずっと変わらない。
「それでさ、頼みがあるんだけど」
「頼みって?」
「一に、弓道のコーチをしてほしいなって。駄目……かな?」
 上目使いで顔を覗き込んでくる凛に対して、僕は大きく息を吐く。そして、凛の頭めがけて軽くチョップをくらわした。
「痛い! 何するの。一のくせに」
「そういうあからさまな態度を見せられると、教える気なくなるんだけど」
「えっ? 今、何て……」
「だから、いつもの凛でいてくれないと、教える気がなくなるって言いたいの」
 言い終えた僕はコップの水を一気に口の中に流し込んだ。頬が熱くなっているのが自分でもわかる。
「それじゃ、また弓道をやる気になったってことだよね?」