混乱した頭はいろいろな可能性を考える。そしてすぐに、もう一人、俺と同じ立場の人物を思い付いた。
「あ、あの、槙瀬さんは……?」
すがる思いで尋ねる。あの人も性別は男に間違いないけど……。
「槙瀬さんも平気。年上だから」
(年上だから……。)
彼女の言う意味がおぼろげながら理解できた。彼女は “年下は男じゃない” と言ったわけではなかったのだ。
(年齢が、苦手かどうかに関係する、ってこと……?)
ほっとすると同時に、どっと疲れが襲ってくる。脱力して椅子の背に寄り掛かった俺を見て、彼女は心から申し訳なさそうな顔をした。
「くだらない話でごめんなさい……」
しょんぼりと謝る彼女を見たら、すうっと心が軽くなった。
「いいえ」
自然に微笑みが浮かんだ。
彼女は今までこのことを隠してどれだけ苦労をしてきたのだろう? 3年間隣で仕事をしていた俺も気付かないほど上手に隠して ――― 。
そんなことを考えていたら、彼女が話し始めた。一番大きなことを口に出してしまったことで気が楽になったのかも知れない。
「べつに、全部の男の人がダメっていうわけじゃないの。基本は同い年の人。まあ、タイプによっては1つ2つ上の人も」
「ああ……。どうしてでしょうね?」
「分からない。高校に入学したときには、もう、そうだった」
素直に話し始めた榊さんは、困ったようでもあり、悲しそうでもあった。これが原因で、傷付いたこともあるのかも知れない。
「そうだったんですか。……怖いんですか?」
「怖い…っていうよりも、どうしたらいいのか分からない。恥ずかしいっていうのもあるし……」
「じゃあ学校は……」
「普段は女子の友達がいれば平気だったから。だけど、グループとかペアになったりすると、ちょっと……」
その場面を思い出したのか、榊さんは苦しそうな顔をした。
確かにその通りだったんだろう。調理実習とか修学旅行とか実験とか、学校では男女混合で何かをやる場面は結構ある。それを嫌がる生徒がいることは知っていたつもりだけど、ここまで重荷に感じる人がいるとは思わなかった。
「友達にフォローしてもらったりとか、しなかったんですか?」
「そんなこと頼めないよ」
彼女は “とんでもない!” という顔をした。
「どうして?」
「だって、 “純情ぶってる” って思われちゃうもん」
「そんなこと……」
「ううん、絶対に思われる」
「そうですか……」
「今だってそうだよ。28歳にもなって “男の人が苦手だ” なんて、言えないよ」
困ったような、悲しそうな、そして、少し怒ったような顔で榊さんが言い切る。
「だから “なんでもない” って言ったんだよ……」
「そうだったんですか……」
確かにそうかも知れない。それに、言ったとしても、仕事の上では “だから何?” ということだ。
「あの、仕事は……?」
「え?」
「辛くなかったんですか?」
「ああ、それは大丈夫」
彼女が少し微笑んだ。久しぶりに笑顔を見たような気がしてほっとする。
「ちゃんとした用事がある相手なら大丈夫なの。ダメなのは雑談」
「そうなんですか」
「それに、大学に入ってから分かったんだけど、年が離れてる人は平気なの。年下も。だから、職場ではそれほど多くないの」
「……それならよかったです」
隣で仕事をしていたのに、彼女が苦労していることに気付かなかったというのは嫌だった。でも、それほど辛い場面がなかったということなら……。
「だから、誰にも言わないでね」
榊さんが身を乗り出して、真剣な顔で言った。少し元気が出たように見える。
「分かりました」
俺も真剣に約束する。そして、励ますために付け加える。
「同窓会なんて、たったの何時間かのことじゃないですか。そんなの、あっという間に終わっちゃいますよ」
ところが、彼女は “同窓会” という言葉でまた固まってしまった。それから。
「あ~ん、やっぱりダメだ~」
と両手を頬にあてて、情けない声を出した。
「あ、あの、槙瀬さんは……?」
すがる思いで尋ねる。あの人も性別は男に間違いないけど……。
「槙瀬さんも平気。年上だから」
(年上だから……。)
彼女の言う意味がおぼろげながら理解できた。彼女は “年下は男じゃない” と言ったわけではなかったのだ。
(年齢が、苦手かどうかに関係する、ってこと……?)
ほっとすると同時に、どっと疲れが襲ってくる。脱力して椅子の背に寄り掛かった俺を見て、彼女は心から申し訳なさそうな顔をした。
「くだらない話でごめんなさい……」
しょんぼりと謝る彼女を見たら、すうっと心が軽くなった。
「いいえ」
自然に微笑みが浮かんだ。
彼女は今までこのことを隠してどれだけ苦労をしてきたのだろう? 3年間隣で仕事をしていた俺も気付かないほど上手に隠して ――― 。
そんなことを考えていたら、彼女が話し始めた。一番大きなことを口に出してしまったことで気が楽になったのかも知れない。
「べつに、全部の男の人がダメっていうわけじゃないの。基本は同い年の人。まあ、タイプによっては1つ2つ上の人も」
「ああ……。どうしてでしょうね?」
「分からない。高校に入学したときには、もう、そうだった」
素直に話し始めた榊さんは、困ったようでもあり、悲しそうでもあった。これが原因で、傷付いたこともあるのかも知れない。
「そうだったんですか。……怖いんですか?」
「怖い…っていうよりも、どうしたらいいのか分からない。恥ずかしいっていうのもあるし……」
「じゃあ学校は……」
「普段は女子の友達がいれば平気だったから。だけど、グループとかペアになったりすると、ちょっと……」
その場面を思い出したのか、榊さんは苦しそうな顔をした。
確かにその通りだったんだろう。調理実習とか修学旅行とか実験とか、学校では男女混合で何かをやる場面は結構ある。それを嫌がる生徒がいることは知っていたつもりだけど、ここまで重荷に感じる人がいるとは思わなかった。
「友達にフォローしてもらったりとか、しなかったんですか?」
「そんなこと頼めないよ」
彼女は “とんでもない!” という顔をした。
「どうして?」
「だって、 “純情ぶってる” って思われちゃうもん」
「そんなこと……」
「ううん、絶対に思われる」
「そうですか……」
「今だってそうだよ。28歳にもなって “男の人が苦手だ” なんて、言えないよ」
困ったような、悲しそうな、そして、少し怒ったような顔で榊さんが言い切る。
「だから “なんでもない” って言ったんだよ……」
「そうだったんですか……」
確かにそうかも知れない。それに、言ったとしても、仕事の上では “だから何?” ということだ。
「あの、仕事は……?」
「え?」
「辛くなかったんですか?」
「ああ、それは大丈夫」
彼女が少し微笑んだ。久しぶりに笑顔を見たような気がしてほっとする。
「ちゃんとした用事がある相手なら大丈夫なの。ダメなのは雑談」
「そうなんですか」
「それに、大学に入ってから分かったんだけど、年が離れてる人は平気なの。年下も。だから、職場ではそれほど多くないの」
「……それならよかったです」
隣で仕事をしていたのに、彼女が苦労していることに気付かなかったというのは嫌だった。でも、それほど辛い場面がなかったということなら……。
「だから、誰にも言わないでね」
榊さんが身を乗り出して、真剣な顔で言った。少し元気が出たように見える。
「分かりました」
俺も真剣に約束する。そして、励ますために付け加える。
「同窓会なんて、たったの何時間かのことじゃないですか。そんなの、あっという間に終わっちゃいますよ」
ところが、彼女は “同窓会” という言葉でまた固まってしまった。それから。
「あ~ん、やっぱりダメだ~」
と両手を頬にあてて、情けない声を出した。