とっさに腕時計を確認した。ホーム内のざわめきは段々と大きくなっていく。次の電車に乗れば学校には間に合うけれど―――きっとこのまま列車は動かないだろう。

辺りを見渡せば、狂ったように人が溢れかえっている。

駆けつけてきた駅員や警備員、列車から慌てて降りてくる乗客たち、どうしたものかと困ったように立ち尽くす女の人、電話越しに謝りながら頭を下げるスーツのおじさん、学校に遅れると文句を言う学ランの少年たち、やがて流れた『人身事故により運転再開時刻未定』のアナウンスを聞いて舌打ちをしたセーラー服の女の子。


自分の脚が、震えているのがわかった。


目の前がぐらりと歪んだ。夏のせいか、額には汗が滲むのに、背中を滑り落ちたそれはひどく冷たい温度をしていた。鼓動は普段より幾分か速く、唇は乾燥していて、息はほんの少し、浅い。ブレザーのネクタイを、震える手でゆっくりと緩めた。


呼吸が浅い。けれど、息をしている。


一瞬だった。隣にいたあの子が私に微笑んでから、ホームを走り去ろうとする列車の向こう側に消えてしまったのは、ほんの一瞬のことだ。

私と違う学校の制服、人より随分と長いスカート丈、焼けた肌と伸びた爪の先、きれいな黒髪のショートボブ、まだ買ったばかりの固そうなローファーとスクールバック、そこにつけられた私とおそろいのキーホルダー、電車の音にかき消されてしまった最期の言葉。

笑っていた。やってくる列車に向かって走り出したあの子が私の方を振り返ったとき、目を細めて、口角をあげて、笑っていた。


夏祭りの夜、ひらひらと水色の中を泳いでいく金魚に似ていた。或いは、フライパンの中で知らぬ間に蒸発していく水のようだとおもった。


私の手足は震えている。けれど、息をしている。


電車にかき消されたあの子の言葉の音は耳に届かなかった。けれど口のかたちを私の目はしっかりと捉えた。震えていたのだ。目を細め、口角を上げ、精一杯笑いながら、あの子の唇は震えていた。ドン、と鈍い音がしたときにはもうあの子の姿は見えなかった。瞬きをした隙に、あの子はきえてしまった。代わりに走り去るはずだった電車が停まり、朝とは思えない騒音が辺りを包んだ。私は一歩、二歩、ゆっくりと後ずさり、そして止まった。



時間が経つにつれ、警察や駅員がたくさんやってきて、一般客はホームの外へと追いやられた。震える脚をなんとか動かしながら人の波にのまれる中、やけに鮮明にあの子の笑った顔を思い出していた。