俺の妹は引きこもりで探偵

 その予想は正しかったのか、秋海棠はコクリと頷く。
 柊も同意見なのか、便乗するように言葉を続けた。
「それは、これで分かるはずだ」
 そう言うと俺は、ミュージックプレイヤーのボタンを押す。
 すると無音から一転して、ミュージックプレイヤーから音が流れ出した。
 ――ゲラゲラゲラ! ゲラゲラゲラ!!
「――ッ、これは……!?」
「え……さっきの声、だよね?」
 突然、ミュージックプレイヤーから、けたたましい笑い声が流れ出す。
 それは先程、教室内に聞こえていたものであり、聞き覚えのある声に二人は面食らったように表情を強張らせた。
「どうしてそれから、あの声が聞こえるのよ?」
「柊、落ち着いて考えろよ。俺は今、このミュージックプレイヤーを操作して、曲を次に送っただけだ」
「つまり、そのミュージックプレイヤーの中に、さっきの声が音声データとして入ってた……ってわけ?」
「ああ、その通りだ」
 柊の言うとおり俺たちを驚かせた笑い声は、このミュージックプレイヤーの中に入っていた音声データにしか過ぎない。先程はそれが再生されたのだ。
「でも、定家君。私たちが最初に教室の中に入って来た時は、その声は聞こえてなかったよ? そんな都合良く狙ったタイミングで、再生できるようなものなのかな……」
 秋海棠の言うように、俺たちが最初に入ってきた時には笑い声は聞こえてこなかった。
 それをあの絶妙なタイミングで再生されるなんて、端から見れば不可能に感じるだろう。
「その疑問点を解決するのが、さっきの〝無音〟だな」
「どういうこと?」
「このミュージックプレイヤーに入ってるデータは、無音と笑い声の二つだけ。しかも再生方式はリピートだった」
「リピートってことは……曲を順送りで再生し終わったら、また先頭に戻って曲を再生するんでしょ?」
「つまりはエンドレスで再生を続けるモードだな。そうなるとこのミュージックプレイヤーは、無音と笑い声を交互でずっと再生していたわけだ」
 再生時間はそれぞれ、無音が三十分で笑い声は三分。
 つまりこの教室では、三十分の無音と三分間の笑い声が繰り返されていたことになる。
 俺たちはその無音が再生されているタイミングで、教室に踏み入れてしまったらしい。
「笑い声が流れているタイミング意外なら、早かろうと遅かろうと時間差で笑い声は再生される。運が悪かった、ってことだ」
「でもそれだと、最初の小さな笑い声はなんなんだよ?」
 先程まで黙って話を聞いていた飛燕が不意に口を開いた。
 確かにここまでの説明では、最初に聞こえてきた声の正体は分からない。
「多分、それは〝陽動〟だな」
「陽動?」
「本命の笑い声の場所を攪乱するために、多分もう一個同じようなミュージックプレイヤーが隠してあるはずだ。多分、そっちに注意を逸らしておいて、本命のこっちから再生される笑い声で確実に驚かせたかったんだろうな」
 音源が二つあれば、机の中に隠してあるミュージックプレイヤーも見つかりにくい。
 最初に聞こえた声の元を探っている最中、その真後ろからけたたましい笑い声が聞こえれば、きっと恐怖は何倍にも膨れあがるだろう。
 そうなれば、悠長に声の元を調べる気力も削がれると言うものだ。
「はー、なるほどねぇ……」
「す、凄いよ定家君!」
 披露した推理に納得したのか、柊と秋海棠は感嘆の息を漏らしている。
 しかし俺はそれに対して、説明をしなければならなかった。
「いや実はさっきの推理は全部、カズラが言ってるのをそのまま伝えてただけなんだよ」
『イエ~イ、みんな見てる~?』
 どや顔でカメラ越しにピースするカズラ。
 画面側が俺の方に向いているので、二人にはその姿が見えないのが幸いか。
「はははっ、なんだ! それってまるで、身体は子供で頭脳は大人な名探偵みたいじゃん」
「そっか、流石はカズラちゃんだね」
 二人は俺の解説を聞くと、納得したように頷いた。
 先程からの推理はヘッドセット越しにカズラが言う推理を俺の口から言っただけであって、自分自身では全ての謎は解き明かしてはいなかった。
「なんだよ……急に牽牛が頭の良いこと言うから、ビビって損したぜ~」
「うるせぇ。でも今回のトリック、何となくは分かったよ」
 以前に遭遇した『路地裏の亡霊』の事件、あの時の経験が今回に生きたのだと思う。
 姿は見えなくても声は聞こえる、と言う点はどちらも共通している。
 ならばその矛盾を繋げている方法があるわけで、それが分かっているからこそ笑い声を聞いても冷静でいられたのだと思う。
 カズラもそれを知った上で、ああやって〝ヒント〟を出してくれたのだろう。
「とりあえず、教室の一件はこれで解決だな」
 一同を見渡しながら、確認するように言葉を投げかける。
 みんなそれに頷くと、飛燕が静かに口を開いた。
「残る怪談は残り一つ――」
 渡り廊下の肖像画、教室の笑い声、この二つの怪談を解き明かしたことによって、残る怪談はあと一つだけになった。
 それを解き明かしてしまえば、今日の目的は果たせることになる。
「音楽室の無人伴奏、だな」
 これから挑む最後の怪談。その名前を聞いて俺たちは、固唾を飲み込むのだった。

◇超常と日常の境界線

「しかし、残念だったな」
「ああ、まさか最後の怪談には、野郎二人きりで挑むことになるとは思わなかったぜ……」
 俺と飛燕の二人は音楽室を目指して、人気のない廊下を歩いていた。
 そこには柊と秋海棠の姿はない。
「仕方ないだろ。怪我したって言うんだから、大事を取るべきだ」
「まあ……そりゃあ、そうなんだけどさ」
 教室の一件で転んだ際、秋海棠は怪我をしたらしく途中だが帰宅することになった。
 柊はその付き添いで、一緒に帰ったのだった。
「そういや、カズラちゃんとは通話しないん?」
 携帯電話をポケットにしまっている俺を見て、飛燕は不思議そうに問いかける。
 さっきまで携帯を常に掲げていたことを踏まえれば、その疑問は当然なのかもしれない。
「なにか電波が悪いみたいでな。今は通話を切ってるんだ」
「ふぅん……校舎も場所によっては電波も悪くなるし、その影響かねぇ……」
「さあな。携帯キャリアの電波と、音声通話ソフトの電波は関係してるのか分からない」
 問いに答えると飛燕は、納得したように頷いた。
 俺たちは歩みを進めながらそこから多少、他愛もない雑談に興じる。
「なあ、飛燕」
「ん……どしたん?」
 雑談が途切れたタイミングで、ふと話を切り出してみる。
 それを聞くと飛燕は、不思議そうに小首を傾げた。
「お前――幽霊、って信じるか?」
 気兼ねない調子で尋ねてみる。
 ただの世間話、雑談の一つ。明日の天気でも尋ねるような調子で飛燕に問いかけてみる。
「幽霊?」
「ああ、幽霊だ。別に亡霊でも、妖怪でも、いいけどさ。とにかくそういう、心霊現象や超常的なものって、お前は信じてんの?」
「んー、そうだなぁ……」
 すると飛燕は、どこか考えるように唸ってみせる。俺はそれを横目でただ眺めていた。
「多分、信じてるンじゃねぇかな?」
 曖昧な調子で飛燕は頼りなく答える。
「つーか自分の理解の範疇を超えてることは、オレにゃあ全部幽霊みたいなもんだよ」
 自分でも発言に要領を得ていないのか、飛燕は唸りながら言葉を続ける。
「それが超常的な存在の仕業でも、人間の悪戯でも、結局はオレ自身が分からなきゃ、それってみんなオカルトに感じると思うんだよな」
「『高度に発達した科学は魔術と見分けがつかない』――ってヤツか」
「なんだそりゃ?」
「アーサー・C・クラークって、SF作家の言葉だよ。自分の理解が及ばない現象は、科学的な裏付けがあっても、それは魔術みたいな超常現象と見分けがつかないって意味だ」
「あー、何となくは意味は分かるような……分からないような……」
 本で引用されていた言葉を思い出すと、それは飛燕の言葉に当てはまるような気がした。
 飛燕はどうもピンとこないのか、うーむと頭を悩ませて必死に次の言葉を紡いでいく。
「簡単に言うとだな……例えばこの間の『路地裏の亡霊』だって、最初はマジでビビったよ。本当にオカルトな存在に出会っちまった、とも思ったし」
 確かにあの時、飛燕は嘘偽りなく亡霊に怯えていた。
 それはきちんと説明がつく物理現象だったが、飛燕は理解の及ばない出来事を〝亡霊のせいだ〟と結論づけてしまった。
「でもタネが割れちまえば、もう怖くなくなった。つまりはさ、そういうことじゃん?」
「自分の理解の範疇に収まらないからこそオカルトであって、仕組みが分かればその瞬間にでも、オカルトはリアルな現象になる……ってことか?」
「そーゆーこった」
 実際には亡霊の声の正体は、排水溝の中を反響していた犬の鳴き声でしかなかった。
 カズラによってその真相が暴かれた瞬間、亡霊が帯びていた神秘性は消えてなくなる。
 理解が及ぶ現象へと成り下がってしまった。だから飛燕はもう、亡霊に怯えなくなった。
「んで、なんでそんなこと聞くんだよ?」
 これで質問には答えた、と満足そうな顔で締めくくる。
 そして俺の質問に対してふと疑問に思ったのか、真意を確かめるように尋ねてきた。
「せっかく肝試しをしてるんだから、お前が幽霊とか信じるのか気になってな」
「ふーん……そっか」
 他意はない、とおどけるように答える。
 それを見た飛燕は特に何の感慨もなさそうに呟きを漏らした。
「あ、もう一つだけ、質問していいか?」
「なんだよ? スリーサイズなら教えねぇよ」
「野郎のスリーサイズなんか聞いてどうする」
 思い出したように尋ねると飛燕は、ニヤリとからかうように笑う。
 その軽口を軽くあしらうと、俺は問いを投げかけた。
「今日の肝試し、お前は怖がってるか?」
 廊下を歩く足を止め、真っ直ぐ飛燕を見据えながら俺は言葉を続ける。
「ああ、怖くて仕方ねぇよ」
 そんな俺を見て飛燕も同じく足を止め、苦笑混じりにそう答えるのだった。
◇第三の怪『音楽室の無人伴奏』

「あと少しで音楽室だな」
「そうだな」
 見覚えのある景色が目に入ってくると、俺と飛燕は顔を見合わせる。
 雑談に興じているといつの間にか、音楽室の近くまで来ていたらしい。
「確か今度の噂は夜の音楽室から、ピアノの伴奏が聞こえてくるってヤツだっけ?」
「そうそう。ンで中を見てみると、誰もいないって話だったな」
 噂のおさらいをすると、無人の音楽室からピアノの伴奏が聞こえてくると言うのが、これから確かめる怪談の内容だった。
「ただの聞き間違い……ってのが一番、なんだけどな」
「それじゃ、肝試しにならないじゃんかよ」
 肩を竦めながら冗談っぽく言葉を続ける。
 飛燕はそんな俺を見て、からかうように笑った。
「――――」
 まもなく音楽室が見えてくる距離までやって来た時、俺たちの耳にはなにか聞こえてきた。
 それは音だ。ただの音でなく楽器の演奏にも聞こえる。しかもよく見知った楽器の、だ。
「……これって、もしかして」
 緊張を見て取れる顔持ちで飛燕は、ゴクリと固唾を飲んで呟く。
「ああ、ピアノの音だな」
 図ったかのようなタイミングで、ピアノの演奏は始まったのだ。
 まるで早くここまで来い、とでも言っているかのように。
「行くぞ、飛燕」
「あ、待てって――」
 躊躇うように足を止める飛燕を後目に、俺は音楽室に向かって歩き出す。
 ここまで来れば、もう行くしか選択肢はない。
 飛燕は一瞬だけぽかんと虚を突かれたようにしていたが、慌ててすぐにあとを追ってくる。
「流石にここまで来ると、肝が据わってるな」
 速度を緩めることなく進む俺を見て、飛燕は感心したように言う。
「なあ、飛燕」
 そんな飛燕を横目に俺は、静かに口を開いた。
「今回の怪談は、人為的なものを感じないか?」
「人為的?」
 俺の言葉の意味がよく理解できないのか、飛燕は怪訝そうに首を傾げる。
「肖像画も、教室の笑い声も、どれも人為的に怪談を作り上げようとしているように思えるんだよ」
「肖像画は単なる悪戯で、教室のミュージックプレイヤーは忘れ物じゃねぇの?」
「そうだとしたら流石に、タイミングが良過ぎだろ」
「偶然が積み重なって、って線かもしれないだろ? 『路地裏の亡霊』の事件とかは、まさにそれだったし」
「その可能性は否定しない。ただ――」
 今まで遭遇した怪談は、どれもトリックによって裏付けされたものだった。
 そこには人為的に怪談を引き起こす、と言う意思が見え隠れしているようにも感じた。
 飛燕が言うように、偶然が積み重なった末の出来事である可能性は捨てきれない。
 しかしそれでも、俺はこう思う。
「この怪談には、裏で手引きしているヤツが存在している。少なくとも俺はそう思ってる」
 音楽室のドア前に着くと誰にでも言うことなく、独り言のように呟きを漏らした。
 ドアを隔てた音楽室の中からは、確かにピアノの演奏が聞こえてくる。
「開けるぞ」
 飛燕の確認も待たずに、躊躇いなく音楽室のドアを引いた。
 窓から差し込む月明かりが、薄暗い教室内を淡く照らしている。
「……な、なあ、牽牛」
 教室内に踏み込む俺の後ろで飛燕は、震える声で声を掛けてくる。
「ピアノのところ……誰も居なくね?」
 飛燕の言うように教室内にはピアノの演奏が響き渡っていたが、ピアノの前に置かれた椅子には誰も座っていなかった。
 いつも通りの見慣れた音楽室の風景だが、どことなく不気味に思えるのはそれのせいか。
「……確かに誰もいないな。でもピアノの演奏は、聞こえてくる」
 演奏者がいないにも関わらず、ピアノの音色は聞こえてくる。
 それはまるで、見えない誰かが演奏をしているかのようだ。
「なあ、牽牛ぉ……もう帰ろうぜ? ヤバいって、流石に」
 常識では考えられない状況に飛燕は、今にも泣き出しそうな顔でせがんでくる。
「ヤバいも何も、ここまで来たら確かめるだけだろ?」
 しかしそれに構うことなく、俺は足を進めてピアノへと近づいていく。
 もうすぐピアノの鍵盤が見える距離まで近づいたと思った瞬間――
「――――ッ……!?」
 突如として、目の前から轟音が響いた。
 目を開くと、先程まで上がっていた鍵盤の蓋が降りていることに気付く。質量のある重い物同士がぶつかり合ったような音の正体は、鍵盤の蓋がいきなり閉じたことが原因だったらしい。
「牽牛! 大丈夫か!?」
 いきなりの出来事に飛燕は、慌ててこちらへと駆け寄ってくる。
「……大丈夫だ。流石に驚いたけどな」
 心配そうにこちらを見る飛燕に、溜め息混じりで答える。
 確かに突然のことに驚きはした。しかし、それだけだ。覚悟をしてはいたので、心を揺さぶられるまで動揺はしていない。そしてこれは俺にとって、千載一遇の好機でもあった。
「これがピアノの音の正体か」
 椅子の下を覗き込むと、そこには箱形の機械が置いてあった。
 俺はしゃがみ込むと、それを持って椅子の上に置く。
「オーディオコンポだな」
 コンポとはアンプ、プレーヤー、スピーカーを組み合わせて構築したオーディオシステムのことだ。簡単に言えば、CDやMD、もしくはMP3の音楽データを再生する機械と言えば分かりやすいだろうか。
「これでピアノの演奏を再生してたわけだ」
 鍵盤の蓋が閉まった瞬間、ピアノの演奏は止まっていた。
 そこでコンポの再生ボタンを押すと、先程の続きから演奏が再開された。
 つまりこのコンポに入っていたCDこそが、無人なのにピアノの演奏が聞こえてくる仕掛けだったらしい。
「んでもって……蓋が閉まったのは、これが原因か」
 ピアノの演奏が聞こえたトリックを解決すると、次はひとりでに閉まった鍵盤の蓋に視線を向ける。
「蓋にガムテープで糸が付いてるな……床に落ちているのはテグスか?」
 よく見てみると蓋には、ガムテープが貼りつけられていた。
 そして床を見ると、透明な糸のようなものが落ちていることに気付く。
 その糸を拾い上げてみると、どこか見覚えがあるような気がした。
 おそらくこれは釣りや手芸などに用いられる、テグスと呼ばれるナイロン製の糸だろう。
「なるほどな。テグスを蓋にガムテープで固定して、壁にあるフックにテグスを括り付けてたのか。確かにこうすれば重い蓋も吊せるし、引っ張れば簡単にガムテープが剥がれて蓋は閉まるってわけだ」
 テグスの先端を辿ってみると、それは入り口付近の壁。
 そこに取り付けられていたフックへと括り付けられていた。
 弾力性と強度が特徴のテグスで蓋を吊し、フックに括り付けられたテグスを引っ張ることでガムテープの固定は外れる。そうなれば宙に吊されていた蓋は、簡単に閉まる仕組みになっているのが分かる。
「こんな仕掛けを用意した理由は一つ」
 蓋がひとりでに閉まったトリックも解き明かすと、そもそもどうしてこんな仕掛けをするに至ったのかを説明する。
「それは鍵盤を見られたくなかったからだ。実際に演奏をしていないんだから、鍵盤さえ見ればトリックが気付かれる。だから近づいてきた人間を驚かせて、目を眩ませようとしたんだ」
 ピアノの音色はあくまでCDを再生していたもので、実際に鍵盤を弾いて演奏していたわけではない。だからある程度まで近づかれれば、それに気付かれてしまう。
 その予防線として不意を突いて、意識を逸らそうとしたのだろう。
 もちろん、鍵盤を隠す意味合いもあったのかもしれない。
「でもそれは、結果からすれば失敗だったな。何せこのトリックこそが証拠になる」
 この音楽室の怪談に使われたトリックは、今までの怪談とは微妙に異なる。
 ピアノの蓋が閉まるタイミングは、明らかに俺の接近に合わせていた。
 それと同時にコンポの音楽が停止されたのも、それは決して偶然などではない。
 姿ある何者かが。幽霊ではない、誰かが。
 今の音楽室の状況を〝見て〟タイミングを合わせたのだ。
「今回の怪談には、明確な〝仕掛け人〟がいる。渡り廊下も、教室も、この音楽室も、全てそいつが裏で手引きをしていた。そいつはここに来て、ついに尻尾を出したんだ」
 渡り廊下の肖像画。教室の笑い声。そして音楽室のピアノ。
 これらの怪談は人為的に作られた〝人工物〟であることは疑いのない事実だ。
 これらの怪談は、決して偶然によって生み出されたのではない。
 意思を持った何者か。〝仕掛け人〟によって形作られた人為的な産物だ。
「その犯人は――」
 犯人を静かに告げる。
 この紛い物の怪談を。怪談の名を騙った物理法則を。それらを用意した仕掛け人。
 今夜、遭遇した全ての出来事をコントロールしていた人間の名を俺は口にする。
「お前だ、飛燕」
 突きつけた指の先には、俺の友人であり肝試しの発案者――千鳥飛燕の姿があった。
FILE:2『学校の怪談VSひきこもり』解答編



◇カズラの作戦
「はぁ? 飛燕が犯人!?」
 時間は遡り二年生の教室から音楽室に向かう前。
 俺は夜の男子トイレで一人、控えめながらも素っ頓狂な声を上げた。
『少なくともカズラの推理では、ね』
「いきなり適当な理由をでっち上げて一人になれ、って言ったと思ったら……」
 教室で推理を語ったあと、カズラは俺たち二人で会話できる場を設けろと言った。
 トイレに行くと言う口実で抜け出すと、こうしてカズラと声を潜めて話している。
「なんで飛燕が犯人なんだよ。と言うか……犯人って、そもそもなんのだ?」
 いきなり犯人、と言われてもぴんとこない。
 俺たちは今、肝試しをしているが、そこに犯人と言う言葉はどこか違和感を感じる。
『お兄ちゃんは今までの肝試しで、なにかおかしいと思ったところはなかった?』
「おかしい、ねぇ……」
 今までに遭遇した怪談について考えてみる。
「肖像画の件については、悪戯かなんかだろ?」
 あれは目の部分にシールが貼られていただけで、誰かの悪戯と考えるのが妥当だろう。
『それじゃ、教室の件については?』
「忘れ物、とかじゃねぇのかな」
 机の中にミュージックプレイヤーを入れて、忘れて帰ってしまった。
 そういう理由なら説明がつくかもしれない。実際、他のメンバーもその結論に至った。
『ミュージックプレイヤーに関しては、それで説明ができるかもしれない。でも――』
 でも、とカズラは言葉を区切る。
『入ってたデータに関しては、説明がつかないよ』
「確かに、そう言われてみれば……」
 あのミュージックプレイヤーに入っていたデータは、本来の用途に適さないものだった。
 となれば、今回のトリックのために誰かが用意した、と考える方が現実的かもしれない。
『それにあのミュージックプレイヤー、電池の残量があと僅かだった』
「それがなにか関係あるのか?」
 携帯のカメラを使って、ミュージックプレイヤーの画面はカズラに見せていたが、そんなことまで把握しているとは思っていなかった。
 しかしここで電池の残量が、どう関係してくるのだろうか。
『それは再生時間の上限を設定するためじゃないのかな?』
「上限?」
『考えてみてよ、お兄ちゃん。もし充電が満タンだったら、タイマー機能がないミュージックプレイヤーはいつまで再生されてると思う?』
「あ……それこそ電池の持つ限り、朝までだろうな」
『その前に運が悪いと、宿直の先生が見回りに来るタイミングで再生されちゃうよね』
 きっとミュージックプレイヤーを仕掛けた人間も、大事になるのは避けたかったはずだ。
 だからこそ保健として、電池の残量を調節して再生時間の制限を設けたのだろう。
「じゃあお前は、飛燕が肖像画にシールを貼ったり、教室にミュージックプレイヤーを仕掛けたって言うのか?」
 教室での一件が人為的なものという説明は、確かに納得できた。
 だが冒頭でカズラが言ったように、それらの仕掛けは全て飛燕の仕業だと言うのか?
『ううん、それは分からない。断定するには証拠が足りなすぎるから』
 しかし、カズラは安易に肯定はしなかった。証拠が足りない、か。確かにここまでの推理ではトリックこそは説明できるが、それを具体的に誰が仕掛けたことまでは分からない。
『それでも飛燕さんが怪しい、って思った根拠はあるよ』
 断定はできないが、疑うべき点はある。そうカズラは言っている。
『違和感みたいなしこりは、最初の肖像画の時から感じてたんだ。でもそれが確信に変わったのは、ついさっきなの』
「つまり教室での出来事がか?」
『うん。肖像画の時と違って、教室の怪談は時間の制限があった』
 ミュージックプレイヤーを利用したあのトリックは、無音が三十分で笑い声は三分。
 計三十三分のサイクルで音声が再生されていた。もしも俺たちが笑い声が再生されている三分間の内に教室に入ってしまえば、あのトリックは十全に活かされなかっただろう。
「確かに偶然入ってきたタイミングが良かったけど、一歩間違えば目論見は失敗するしな」
『……ねえ、お兄ちゃん。それって本当に〝偶然〟なのかな?』
「は? 偶然に決まってるだろ。遠隔操作でもしない限り、狙ったタイミングで音声を再生するなんて不可能だって」
『いや、できるよ。少なくとも〝コツ〟さえ知っていれば、誰にでもそれができるんだよ』
 俺の言葉を否定するように、カズラは自信満々で断言する。
『さっきお兄ちゃんは〝ミュージックプレイヤーの再生時間は計三十三分〟って言ったよね? それは三十三分経てば、また次の三十三分が再生されるってことだよね』
「まあ、そうなるな」
 例えば七時ちょうどに再生が開始されれば、再生が終わるのは七時三十三分。
 そこから次のサイクルが始まれば、次に再生が終わるのが八時六分となる。