お礼の言葉を口にすると、不意にきらるんがベンチから立ち上がった。
「お? どしたの? きらるん」
「飲み物買ってくる。莉珠、なんか飲む?」
「えっ、いいの!? じゃあココア!」
「ココアね。ん、わかった」
ココアと繰り返し、ふっと柔い笑みを浮かべたかと思うと、踵を返して歩いていく。
あ、笑った。あんな笑顔、初めて見た。
笑うとなんだか幼い。
胸の中に、波紋のように余韻が残る。
(ココアにしてよかったな)
「……保存」
遠ざかる背中を見つめながら小さく呟いた時、私の上に落ちていた光が遮られた。
地面に映る私の影に、一回り大きな何かが重なる。そして。
「楽しんでんのかよ、尾行デートは」
聞き慣れた淡々とした声が降ってきた。
「さいこ〜っ」
私が顔を上げ満面の笑みを向けると、目の前に立っていた森瀬が肩に手を当て、呆れたような顔を浮かべた。
「ほんと、感謝してほしいんだけど。こうして毎度毎度尾行されてやってんだから」
「そりゃあもう心から感謝してる! 森瀬がいなかったら、デートなんてできなかったもん」
私は森瀬に恋をしている、
という設定。
実際は、幼なじみの森瀬に恋愛感情なんてこれっぽっちも抱いてない。
森瀬に協力してもらって、きらるんに近づくという計画だ。
──つまり、私が本当に好きなのは、きらるん。