先ほどの俺に対する傲慢な態度からは想像もできないほど、丁寧な口調で麗華は言う。諦めて素直に帰ってくれたようだった。姉は通話ボタンをオフにする。


「助かった……」

 俺は思わずその場にへたりこむ。噴いたスポーツ飲料を後ほど拭き取らなければ。するとそんな俺に向かって姉が、面白おかしそうな顔をしてこう言った。


「マジだったんだ。ラノベの主人公になった気分はどう?」

「……意外に大変ですわ」


 疲れた口調でそう答えると、姉は「この後は異世界転生でもするかもね。まずはトラックに轢かれないと」と悪戯っぽく呟き、冷凍庫からアイスを出して齧り始めた。ポテトチップスの次はアイスかい。太るぞ。……なんて思ったけれど、一応命の恩人であるため余計なことは言わないでおこう。

 本当に一体何が起こっているんだ。怖い。怖すぎるんですけど。

 西園寺麗華が俺を好きになる要素なんて、微塵もないはず。彼女は俺を、ゴミやミジンコくらいにしか思っていなかったはずだ。あの汚物を見るような目つきは、そう物語っていた。

 ひょっとすると、友人同士で行われている罰ゲームや、ドッキリの収録か何かかもしれない。麗華が俺を本気で好きになるよりは、そっちの方が可能性が遥かに高い。

 うん、きっとそうだ。そうに違いない。明日にはきっと、罰ゲームに失敗したお嬢様はいつものように俺を蔑むように一瞥するだけだ。うん、それで平和に解決だ。

 告白の時の麗華の勢いがあまりに恐怖だった俺は、無理やりそう納得し、安心感を心に植え付けたのだった。