「いや、無理。無理無理。さよなら」


　麗華の言動にとてつもない畏怖の念を感じた俺は、踵を返して、ダッシュで逃げ去った。「え⁉　ちょっとお！　待ちなさいよっ！　待てえええ！」と、背後からかわいらしい怒号が聞こえてきたが、構わずに全力で走り、角を曲がる。

　そして幼馴染の弥生の家が見えたので、塀の中に入って庭に身を潜めた。すると、うまいこと隠れられたようで、麗華は「どこに言ったのよ！」と言いながら俺に気づかず横を走り去った。彼女の後を「お嬢様、お待ちください！」とセバスチャンが追いかけている。

　しばらく経ったあと、俺は注意深く道を見渡してから、恐る恐る弥生の家の敷地から出た。どうやら、うまく撒けたようだった。ほっとした俺は自宅へと戻った。


「お帰り、旭。今日もどこほっつき歩いてたのよ」


　リビングに入ると、ダイニングテーブルにかけた大学生の姉がポテトチップスを食べながらテレビを見ていた。うちは両親と三歳年上の姉、俺という、四人家族だ。

　両親は共働きで、今日もまだ帰ってきていないらしい。彼らは程度のいい放任主義で、俺の素行についてはあまり注意をしない。一応勉強はそれなりにしていて、成績が悪くないから、それでよしとしているのだろう。


「美少女お嬢様にいきなり愛を告白されて全力で逃げてきた」

「それなんていうラノベ？」

「確かに、よくある設定だよなあ」