よける気分には、どうしてかならなかった。

 どんどん近づいてくる墓石を他人事のように眺めていると、春香の笑顔が脳裏に浮かんだ。

 この石はもしかしたら、春香自身なのかもしれない。

 俺を自分の元へ連れて行こうとしているのかもしれない。

 願ってもいないことだった。ぜひ連れて行ってほしい。それで君と一緒に居られるのなら、本望だった。

 ――しかし。


「旭くんっ!」


 ぼうっと倒れていく墓石を眺めていた俺だったが、石がぶつかる寸前に体の側面に衝撃が走った。

 一瞬何が起こったかわからなかった。気づいたら俺は地面に倒れ伏していて、地震による揺れは収まっていた。

 身を起こすと、俺に抱き着くような体制で麗華も倒れ伏していた。愛する春香の墓石は見事に地面に落下していたが、俺にも麗華にも当たっていなかった。不幸なことに……いや幸いなことに。


「麗華さん! 大丈夫?」


 我に返った俺は、倒れている麗華さんに向かって声をあげる。

 ――何を考えていたのだろう、俺は。

 春香は誰かを道連れにするような陰気な女ではないというのに。墓石が倒れたのは、単純に地震という科学的な現象のせいで、彼女の気持ちなど微細も内包されていないというのに。


「大丈夫……」


 麗華は身を起こして俺から離れると、顔をしかめながらそう言った。シミひとつない白い膝に、鮮やかな赤い筋があった。


「ご、ごめん! 膝……」

「え……。ああ、これくらい別に」