麗華はしばしの間、呆気にとられた顔で俺を見ていた。お嬢様の呆けた表情は、なかなか貴重に思えた。存外にかわいらしい。

 しかし、その顔はそんなに長くは拝めなかった。麗華はすぐに肩をわなわなと震わせ始める。そして茹蛸のように顔を真っ赤にさせると。


「ば、馬鹿! 最低! 変態! 恥知らずっ!」


 そう俺に怒鳴りつけ、踵を返して走り去る。

 あれは思った通り、恋愛に関するすべてのことが未経験だろう。新鮮で初心な反応をする女の子と関わるのが久しぶりだった俺は、不覚にもかわいいと思ってしまった。

 しかし、これでもう麗華と関わるのは終わりだ。きっと彼女は、俺を心から軽蔑してくれたに違いない。意味の分からない俺への恋心は、消滅しただろう。

 心から安堵する俺。本気の一途な恋なんて、勘弁だった。まっぴらなんだ、もうそういうのは。

 俺はもう、そんな恋をすることは二度とないのだから。





 麗華をからかったあとは、俺の狙い通りに事が運んだようだった。

 教室内で彼女が何かを言いたげに俺を見てくることが何度かあったが、男の正直な欲望に関わるのが恐らく初めてだったお嬢様は、俺に近づくことはなかった。

 俺への好きな気持ちも、薄れてくれたと思う。そもそもやはり、あんな完璧な女の子が俺なんかを好きになるはずなんてないのである。

 「若い時にありがちな、少し悪そうなやつに憧れる」という通過儀礼を、彼女も経験しただけなのだと思う。