「三年間なんて、速く過ぎてしまえとずっと願ってきた」
きらきらとしたみんなのざわめきが、窓の下から聞こえて来る。それなのになぜか、ここだけが別世界のように感じられる。
高校生活の三年間、わたしには色々なことがあった。それでもわたしにとっての一番の大きな出来事は、彼と出会ったことだ。
「卒業をするのが惜しくなる日が来るなんて、想像もしていなかったんだよ」
ざぁっと大きく風が吹いて、窓の外の桜の花びらが教室内へと舞い込んだ。薄紅色の風がわたしの髪の毛を優しく撫でる。原田くんは立ち上がってわたしの方へと体を向けると、握った右手をこちらへと差し出す。
「俺にはアニメしかなかったから、恋愛感情というものには疎い上にスマートに振る舞うことも出来ない。それでもこんな俺にもひとつだけ分かることがある」
まっすぐに向けられる彼の視線、彼の言葉。ああどうしよう、涙が止まらない。だって彼がこれから言うであろうことは多分、わたしが言いたいことと同じだから。
「──この気持ちは、きっと愛だと思うんだ」
ねえホイル大佐。あなたは全て所詮作り物だと言っていたよね。そんな偽物世界での出会いにも愛が生まれることがあるなんて、想像もしていなかったんじゃないのかな。
ねえぴかりん。あなたなら、今のわたしの気持ちにどんな風に寄り添ってくれる? わたしのだいすきな、だいすきな人たち。もう、二度と会うことのできない人たち。
「こんなオタクがきみみたいな人に愛だなんて、おかしいと笑われるかもしれないけどさ」
原田くんが照れ臭そうに笑いながら、その手の平を解いた。そこに載せられていたのは、金色に光る制服のボタンだ。
──第二ボタンを贈るのは、自分の心を贈ること。
前に原田くんが教えてくれたアニメに出てきたワンフレーズだ。
わたしはそのボタンを受けとると、反対の手を彼のそれに絡ませた。
初めて繋いだ原田くんの手はあたたかくて、そしてちょっと湿っぽくて。なんだかそれが、本当に実在している本物の原田くんだと教えてくれるようだ。
「原田くん、わたしたちも桜並木で写真を撮ろうよ」
「えっ、いや、でも」
「時間なら大丈夫だよ。ほら、行こう!」
高校生の三年間なんて、気付けばあっという間に終わってしまう。笑ったことも泣いたことも、苦しかったこともおかしかったことも、かけがえのないこの時間はこの場所で、このわたしたちでなければ感じられなかったことだ。
わたしたちは大人になる。嫌だって抗ったって、どうしても時間はどんどん過ぎてしまう。
──それならば、今をもっと大事にしたい。
原田くんは少し驚いた顔をしていたけれど、口元をキュッとあげるとわたしの手を握り返した。
「花室さん、覚悟は出来てる? 後悔したって、もう遅いよ?」
そんな意地悪を言うところも、やっぱり原田くんらしい。解こうとしたって、もうきっと彼はわたしの手を放さないだろう。
わたしたちが生きる今には、いろんな世界が存在する。そのどれもが作り物で、それと同時に本物だ。わたしたちはそんな世界で時には自分を偽りながら、演じながら、そして素直になりながら毎日を生きている。がんじがらめの世の中で不満を叫び、不安を抱え、囚われながら生きている。だけど、本当にそうなのかな。本当に、世界はそんなにがんじがらめなのだろうか。
もしそんな狭苦しい世界が、自分の気持ちひとつで変わるとしたら?
本当の自分なんて、実はまだ分からない。その答えを探しながら、見つけては失ってを繰り返しながら、わたしたちは生きていくのだ。
彼の机の上に広げられたアルバムには、大きな文字でいつもの言葉が書かれている。だからわたしも、胸を張って彼の問いに応えるのだ。
「──ねえ知ってる? ここは、自由な世界なのさ」
END