さわさわと揺れる桜並木。今年は暖冬で、例年よりもはやく桜の花が満開となった。「満開の桜に見送られる卒業生というのも、なかなかにいませんよ」と校長先生も話していたから、きっとみんなの心に残る卒業式となっただろう。
 桜並木の下では、胸元に蘭の花を挿した卒業生と、別れを惜しむ在校生たちで溢れていた。手紙を交換する人、写真をたくさん撮る人、抱き合う人、先生と楽しげに話す人に思い切って想いを告げる人。そんな中をすり抜けるように、卒業証書を片手に持ったわたしは駆けていた。
 ──今日は卒業式。原田くんと同じ教室で過ごす、最後の日だ。



「原田くんっ!」

 ガラリと扉を開けば、まだみんなが戻ってきていない教室で、彼はひとりいつも通りスマホをいじっていた。
 式典が終わってから、最後のホームルームがある。だけどこの様子じゃ当分は、誰も戻っては来ないだろう。

「きみ……、写真とかはいいの?」

 原田くんは少し驚いた表情を見せた後、気まずそうに視線を逸らした。そして、さっぱりと短くなった髪の毛を指先でいじる。

 今朝、クラスではちょっとした騒ぎが起きた。それは卒業式当日だというのに、クラスに見知らぬイケメンが現れたからだ。白い陶器のような肌に吸い込まれ得そうな薄茶色の綺麗な瞳。
 髪型とメガネを外しただけでこれほどに変わるものか。クラス中が「あの七不思議は本当だった」と息をのんだのだ。

 わたしは深呼吸をして自分の席に座ると、卒業アルバムを取り出した。
 アルバムには写真はもちろんだが、寄せ書き用の白紙ページがある。そこを開いて、隣の机の上にそっと置いた。

「何か書いてくれないかな」

 原田くんはじっとそれを見つめると、かばんの中からペンを取り出した。

「今日、原田くんすごくかっこよくなっててびっくりしたよ」

 わたしは見慣れた教室を見ながらそう言う。黒板には絵が得意な子たちが描いた、クラス全員の似顔絵。みんな楽しそうに笑っている。わたしの隣に描かれている原田くんは、キノコへアのままだ。

「みんなが驚いているのを見て、わたしね、ほら見ろどうだ! って思ったの。おかしいよね、わたしが自慢することでも何でもないのに」

 だけど、ちょっとだけ寂しかった。だって原田くんの良さを、わたしだけが知っていたいなんて思っていたから。
 自分の中に芽生えていた嫉妬心に驚いていると、書き終えたのであろう原田くんはペンをしまって小さく深呼吸をした。

「昔はさ、ばかばかしいと思っていたんだ。かっこよく見せるために髪型を整えるだとか、よく見られるために努力するだとか。人間大事なのは中身であって外見じゃない。だけど今は少し、そんな人たちの気持ちもわかるようになった気がする」

 そう言った原田くんは、ペンケースについていたサリーのキーホルダーをぎゅっと握る。

「まあ外見を変えたところで、俺はアニメオタクの俺でしかないんだけどさ」

 自嘲気味に笑う原田くんの姿に、わたしは強く首を振った。

「どんな原田くんも、ちゃんと原田くんだよ」

 彼は眩しそうに目を細めると、優しく微笑む。

「きみはいつも、俺とは正反対の場所にいる。きっとこれからも、花室さんは太陽の下を歩いていくんだろうね」

 あまりにも優しく紡がれるその言葉に、瞳の奥がきゅっと締め付けられる。そんなことない。いつだって原田くんはわたしの隣にいてくれるでしょ? 正反対だなんて、言わないで欲しい。それなのにうまく言葉が出てこないのは、彼がそれを歎いているようには見えないからだ。