◇
「のん、おはよう!」
翌朝、鈴木くんはいつも通り爽やかに登校した。いつもはいいなと思う彼の笑顔。だけど今日はそれを見るのも少しつらかった。なぜならわたしはこれから、そんな優しい彼を傷つけなければならないからだ。
いつも優しく接してくれた鈴木くん。まっすぐに好きだと想いを告げてくれた鈴木くん。
だけどわたしが彼の想いに応えることは出来ない。
「鈴木くん、ちょっといいかな……」
一瞬強張った表情を見せた鈴木くんは、すぐにいつもの笑顔を浮かべ「もちろん」と頷く。そしてわたしたちは、以前彼が想いを告げてくれた誰も居ない三階の廊下へと向かった。
「返事、だよな?」
鈴木くんは階段の手すりに背をもたらせ、少しだけ眉を下げた。
どきどき。すごく緊張する。だけどこれは、ときめきなどとはまた違うものだ。きっと鈴木くんも、とても緊張して告白をしてくれたんだろう。だからわたしも、ちゃんと向き合って答えを伝えないといけない。
意を決して息を吐いた。
「わたしね──」
「ゴメン、あの約束取り消してもらってもいい?」
「……え」
鈴木くんは両手を顔の前で合わせると、もう一度「ゴメン!」と頭を下げた。
「実はさ、俺ずっと、前に話した幼なじみのことが好きだったんだ」
鈴木くんはそう言うと、苦笑いをしながら話してくれる。
「でも年下だから全然相手にされなくってさ。ちゃんと前を向こうと思って、一番近くにいたのんに告白したんだよ。彼女ができれば変わるかなーって思って。だけど、やっぱり幼なじみのことが忘れられない。だから告白は白紙に戻してくれないかな。本当最低でごめん!」
眉を下げて何度も謝る鈴木くんに、体の力が抜けていく。
「ふっ……ふふふっ……」
「のん……?」
なあんだ、そういうことだったんだ。なにかがおかしくて、わたしはクツクツと笑ってしまう。
「軽蔑されても仕方ないし、すげー勝手だと思うけどこれからも友達ではいてほしいって言うか。いや都合良すぎるよな」
「ううん、これからも友達でいて」
わたしはにじんだ涙を拭うと、彼に笑いかける。
クラスで人気者の鈴木くん。欠点なんてなくて、いつも完璧に見える鈴木くん。こんな彼でも、恋愛に悩み、時には判断を間違えることもあるんだと思うとなぜだかほっとしたのだ。そして今の鈴木くんの方が、自然でいいなと思った。きっとこれからわたしたちは、いい友達になれるのかもしれない。
鈴木くんは少し驚いた表情を見せた後、眉を下げて優しく笑った。
「おっ、おはよう花室さん」
教室に戻ると原田くんが声をかけてきた。
「ななっ、何か変わったことはないか?」
突然どうしたのだろう。珍しく余裕がなさそうな表情の彼は、平静を装っているのか唇を尖らせたまま視線を逸らせる。
「に、人間誰でも勢いやその場の雰囲気に流されることはある。し、しかしそれは訂正するのに遅いということはないし、花室さんの場合はまだ間に合うっていうか、くそっ……俺は何を言ってるんだ……」
くしゃくしゃと前髪を掻き混ぜる原田くんに、わたしは小さく吹き出してしまう。
「……何がおかしいのさ……」
赤くなった顔で拗ねた表情を向ける原田くん。
「ねえ原田くん」
「なんだい……」
わたしはポケットから、自分のスマホを取り出して彼の方へと向けた。
原田くんとわたしがやりとりをしているのは、SNSのメッセージ機能だけ。つまり、このアカウントをどちらかが削除してしまえば今のように連絡を取ることができない。
「連絡先、教えてくれないかな」
いつだって、あなたに手を差し出すことができるように。
眠れない夜、花室野々花として原田洋平くんに手を伸ばすことを、あなたは許してくれますか──?
「のん、おはよう!」
翌朝、鈴木くんはいつも通り爽やかに登校した。いつもはいいなと思う彼の笑顔。だけど今日はそれを見るのも少しつらかった。なぜならわたしはこれから、そんな優しい彼を傷つけなければならないからだ。
いつも優しく接してくれた鈴木くん。まっすぐに好きだと想いを告げてくれた鈴木くん。
だけどわたしが彼の想いに応えることは出来ない。
「鈴木くん、ちょっといいかな……」
一瞬強張った表情を見せた鈴木くんは、すぐにいつもの笑顔を浮かべ「もちろん」と頷く。そしてわたしたちは、以前彼が想いを告げてくれた誰も居ない三階の廊下へと向かった。
「返事、だよな?」
鈴木くんは階段の手すりに背をもたらせ、少しだけ眉を下げた。
どきどき。すごく緊張する。だけどこれは、ときめきなどとはまた違うものだ。きっと鈴木くんも、とても緊張して告白をしてくれたんだろう。だからわたしも、ちゃんと向き合って答えを伝えないといけない。
意を決して息を吐いた。
「わたしね──」
「ゴメン、あの約束取り消してもらってもいい?」
「……え」
鈴木くんは両手を顔の前で合わせると、もう一度「ゴメン!」と頭を下げた。
「実はさ、俺ずっと、前に話した幼なじみのことが好きだったんだ」
鈴木くんはそう言うと、苦笑いをしながら話してくれる。
「でも年下だから全然相手にされなくってさ。ちゃんと前を向こうと思って、一番近くにいたのんに告白したんだよ。彼女ができれば変わるかなーって思って。だけど、やっぱり幼なじみのことが忘れられない。だから告白は白紙に戻してくれないかな。本当最低でごめん!」
眉を下げて何度も謝る鈴木くんに、体の力が抜けていく。
「ふっ……ふふふっ……」
「のん……?」
なあんだ、そういうことだったんだ。なにかがおかしくて、わたしはクツクツと笑ってしまう。
「軽蔑されても仕方ないし、すげー勝手だと思うけどこれからも友達ではいてほしいって言うか。いや都合良すぎるよな」
「ううん、これからも友達でいて」
わたしはにじんだ涙を拭うと、彼に笑いかける。
クラスで人気者の鈴木くん。欠点なんてなくて、いつも完璧に見える鈴木くん。こんな彼でも、恋愛に悩み、時には判断を間違えることもあるんだと思うとなぜだかほっとしたのだ。そして今の鈴木くんの方が、自然でいいなと思った。きっとこれからわたしたちは、いい友達になれるのかもしれない。
鈴木くんは少し驚いた表情を見せた後、眉を下げて優しく笑った。
「おっ、おはよう花室さん」
教室に戻ると原田くんが声をかけてきた。
「ななっ、何か変わったことはないか?」
突然どうしたのだろう。珍しく余裕がなさそうな表情の彼は、平静を装っているのか唇を尖らせたまま視線を逸らせる。
「に、人間誰でも勢いやその場の雰囲気に流されることはある。し、しかしそれは訂正するのに遅いということはないし、花室さんの場合はまだ間に合うっていうか、くそっ……俺は何を言ってるんだ……」
くしゃくしゃと前髪を掻き混ぜる原田くんに、わたしは小さく吹き出してしまう。
「……何がおかしいのさ……」
赤くなった顔で拗ねた表情を向ける原田くん。
「ねえ原田くん」
「なんだい……」
わたしはポケットから、自分のスマホを取り出して彼の方へと向けた。
原田くんとわたしがやりとりをしているのは、SNSのメッセージ機能だけ。つまり、このアカウントをどちらかが削除してしまえば今のように連絡を取ることができない。
「連絡先、教えてくれないかな」
いつだって、あなたに手を差し出すことができるように。
眠れない夜、花室野々花として原田洋平くんに手を伸ばすことを、あなたは許してくれますか──?