鈴木くんに返事をする約束をした期日は、一週間後に迫っていた。まだわたしは、自分の気持ちが分かっていない。
 ここまで鈴木くんと接してきて分かったことは、彼が本当に優しい人だということだ。きっと付き合うことになったら、すごく大事にしてくれるのだろうと思う。幸せになれるのだと思う。それでも、そんな自分の姿がうまく想像出来なかった。

『ぴかりん、起きてる?』

 深夜0時。眠れずにいたわたしは電波の向こうに救いを求める。

『もちろん! 起きてるピカ』

 ホイル大佐が投稿をしたばかりだというのは分かっていた。ぴかりんはいつでもすぐに返事をくれる。

『寝れないピカ?』
『うん、自分の気持ちがよく分からなくって』

 ホイル大佐相手では、なかなか恋愛の話はしにくい。実際にホイル大佐とぴかりんが同一人物だというのは分かっているものの、ぴかりんとは女の子として出会いやりとりしていた経緯があるからか、わたしの中ではやっぱり彼女は女の子のままだった。

『サリ子は何を迷っているの?』
『わたしね、誰かを好きになったことってないの』
『うん』
『いい人だなって思うし、いつも笑っていて欲しいなぁとも思う。好き、ってどういうことを言うんだろう』

 素直に心の内を指先に乗せていく。この歳になれば、付き合っている子達もいるし、恋人は居ないまでも、誰かに恋をしたことがある人がほとんどだ。そんな中、わたしはあんなに素敵な鈴木くんに告白をされてもぴんと来ていなかった。

『その人といると、どきどきする?』
『もちろん、そうなることもあるよ。好意を直接感じた時にはどうしてもどきどきしちゃう』
『かわいいって褒められるとか、頭を撫でられるとか?』
『うん、そうだね』

 アニメを見ていて、ヒロインがそういう状況になったら同じようにどきどきする。それと同じような感覚だ。
 いつもぴかりんの返事は早い。ものの数秒で返ってくるのが常だ。それなのに、少しの間が開いた。

 ──寝ちゃったのかな。

 ホイル大佐のページに飛ぶと、今まさに彼が投稿したものがぴこんと画面に現れた。

『──いざ、出陣の時』

 何か戦いもののアニメでも見ていたのだろうか。ぴかりんのアカウントに切り替えたりしないといけなくて、大変だったろうな。申し訳なく思っていると、ぴこんとメッセージが届いた。
 差出人は、ぴかりんではなくホイル大佐。

『眠れない夜、手を伸ばしたくなるのは誰? どんな時でも、手を差し出したくなるのは誰?』

 そのメッセージを見た瞬間、ぎゅうっと心臓が苦しくなった。
 どうしてそれまでやりとりしていたぴかりんから、わざわざホイル大佐に切り替えて返事が来たのか。
 彼の投稿した「出陣」とはどういうことか。

 ──そして何より。

 眠れない夜に手を伸ばす相手。どんな時でも手を差し出したくなる相手。
わたしにとってそれは、他でもない、原田洋平くんだったのだ。

 以前あの丘の上の公園で言われた言葉を思い出す。

「──俺の手を取るかい?」

 さわさわと揺れる櫟の木。やわらかな風が重たい髪の毛の下に隠された整った顔立ちを暴く。吸い込まれそうな薄茶色の瞳に、優しい眼差し。
 あの時わたしは、確かに彼の綺麗な手に指先を伸ばしたのだ。

 ──ああ。わたしは本当は、ちゃんと知っていた。
 好きがどういうことなのか。ただしそれは、みんなが思う恋とは少し、違うのかもしれない。わたしの好きは、多分──。
 深呼吸をしたところで、ホイル大佐からはもう一言メッセージが届いていた。

『その思いが、きっと愛だと思うんだ』