──ああ。これが、美香ちゃんの姿だった。

 美人でかわいくて、優しくていつも明るい美香ちゃん。胸を張って背を伸ばして歩く美香ちゃん。いつでも完璧な美香ちゃん。だけど本当は苦しくて、思うように動けなくて、ずっとずっと思いを殺してひとりきりで耐えていたんだ。
 完璧を求められる厳しい世界で生きてきた美香ちゃんにとって、プロではないことを理由に撮影をないがしろにしていたわたしは、許せない存在だったのかもしれない。モデルという仕事と本気で向き合っている彼女の前でたとえ読者という名前がつくとしても、その仕事を"所詮"だなんて言ったわたしは間違っていたのだろう。
 やっぱりわたしは、まだまだ配慮が足りない子供なのだ。どんなに背伸びをしても、分かったふりをしていても、その実なんにも分かってなんかいやしない。
 少しして呼吸が整うと、美香ちゃんはわたしから一歩離れて鼻をすすった。

「のんは読者モデル、やめた方がいいよ」

 鼻声ではあるものの、凛と響くしっかりとした声だった。批判するとか、悪意があるとか、そういう言葉でないことは表情を見れば分かる。美香ちゃんの表情は、たくさん泣いたことで今までに見たことがないような顔になっていたけれど、それでももう能面ではない。

「……うん。生半可な気持ちで撮影に参加してて本当にごめんね」

 最近は表現することの楽しさを知ってきていたものの、厳しいモデルの世界で自分が通用するとも思えずそろそろ潮時かなとは思っていた。ドクモの世界は楽しいけれどどこか自分とのずれがあることに気付き出していたのも事実だ。将来はモデルになりたいだなんて豪語していたこともある。だけど結局わたしは、その夢のために全てを捧げる覚悟なんて出来ていなかったのだ。
 この言葉は、プロモデルである美香ちゃんの本心だろう。ところが彼女は、そのあとにこう続けたのだ。

「ちゃんと事務所に入って。モデルになりたいなら覚悟を決めて。言い訳をせずに、夢と向き合って」

 美香ちゃんは口元をきゅっと結ぶと一度顔を背けて目元をごしっと強く擦った。そして再びこちらに向き直る。
 彼女の涙はもう流れてなどいない。代わりに彼女の顔には落ちた黒いパサパサのマスカラと、そして強い意志を持ったふたつの瞳がまっすぐにわたしを見つめていた。