「匿名でずっと送り続けていたのはわたしだよ?」
「分かってる」
「ドクモやめろとか、太ってるとか、ポ─ズが下手とか全部あれ、わたしが言ったんだよ?」
「知ってるよ」
「それなのに、なんでわたしを好きだなんて言うわけ? 気持ち悪い!」
「それが全てではないじゃない」

 美香ちゃんは、何かを言おうとしていた口をそのままに、わたしを見つめた。

 ──そう。それが全てではないのだ。

 美香ちゃんは意地悪だ。匿名で叩くなんて卑怯だ。そういうことをしながらニコニコと仲良いふりをしていたなんて、とても怖いと思う。だけど、それだけが美香ちゃんではない。
 わたしは、無神経だ。弱虫で人の心の中にずかずかと土足で入り込む。相手の気持ちを考えることが出来ない。自己中なやつだ。だけど、それだけがわたしではないはずなんだ。

「美香ちゃんは、優しい。強い。思いやりがある。あたたかい。それだってちゃんと美香ちゃんでしょ」

 人は誰だって、嫌なところと良いところ、そのどちらでもないところが合わさって出来ている。この人のここが嫌と思ったとしても、そのひとつだけがその人の全てではない。表に見える部分だけでその人の"ひととなり"を判断するなんて、一流企業の面接官だって難しいだろう。

「そうやって綺麗ごと言ってバカみたい」

 そんなセリフを美香ちゃんに吐き捨てさせるものは、一体何なのだろうか。止まらずに溢れる涙には、どんな想いが隠されているのだろうか。

「バカだけどそれでもわたし、美香ちゃんと出会えてよかったって思う。美香ちゃんを嫌いだなんて思えない」

 何度この言葉を言ったのだろう。この言葉が彼女に届くかは分からない。それでも、伝えなきゃいけないと思った。伝えようと、必死だった。
 どんな美香ちゃんだっていいよって。完璧な美香ちゃんでいなくてもいいんだよって。もっと自由になっていいんだって。

 ふざけないで! と彼女はわたしの両肩を強くつかんだ。殴られるかと一瞬ひるんだものの、いつまでたっても拳は振って来ない。
 美香ちゃんは、ひたすらに泣いていたのだ。下を向いて、唇が紫になるほどに強くそれを噛み締めて。彼女の涙がわたしの上履きに落ちては大きな染みを作っていく。

「……完璧なわたししかいらないでしょ……」
「そんなことないよ」
「アニメが好きだってこと、アンタは言ってよくてわたしはだめなの?」
「だめじゃない」
「望まれるわたしでいないといけないの」
「誰もそんなこと言わないよ」
「自由に動けない世界でわたしは生きてきたし、これからもそこでしか生きていけない」
「美香ちゃん、──ここは自由な世界なんだよ」

 わたしがそう言った瞬間、ぱりんと何かが割れたような感覚に包まれた。美香ちゃんはすこし顔を上げ、ぼんやりとした瞳でわたしを見つめる。

「自由な、世界……」

 そう呟いた彼女は、今度はしゃくりあげるようにして泣き始めたのだ。肩を震わせ、小さな子供のように。