「きみは、あのモデルのことを嫌いかい?」
彼の問いに、わたしはぶんぶんと首を横に振る。嫌いなわけがない。嫌いになれるわけがない。ずっと憧れていた美香ちゃん。優しくて明るい美香ちゃん。落ち込んだ時に励ましてくれたのは彼女だったし、最初にSNSで叩かれた時に守ってくれたのも彼女だった。
仲良くなってからの日々を思い返す。たくさん笑って、たくさんおしゃべりをして、たくさんの楽しい時間を過ごしてきた。あれが全て嘘だったなんてどうしても思いたくない。いや、もしあれが嘘だったとしても、彼女の本心じゃなかったとしても──それでもわたしにとってあの時間がかけがえのないものだったのは事実だ。
「わたしはそれでも、美香ちゃんが好きだ……」
そう言うと、原田くんは空を仰いでふっと笑った。
「そういうとこだよ花室さん。きみのそういうところ。それが俺にとってもあのモデルにとっても、羨ましくて眩しくて、そして──時に憎らしい」
もしかしたら、原田くんと美香ちゃんは、どこか似た境遇があるのかもしれない。わたしには分からない何かを、彼らは共有できるのかもしれない。
「原田くんも、やっぱりわたしを嫌いなの?」
彼に、大嫌いだと言われたあの日。和解をして、たくさん話したあの日。叱ってくれて、励ましてくれて、そっと支えてくれた大切な日々。それでもやっぱり彼にとってわたしは害なのかもしれない。
どうしてわたしは、わたしなんだろう。
どうしてわたしは、こんな人間なんだろう。
誰のことも傷つけず、誰のことも怒らせず生きていたいのに。
どうしてわたしは──。
「言ったじゃないか。嫌いと好きは、背中合わせだと」
ここに誰かを連れてきたのは初めてのことだ、と彼はそう言って下唇をちょっと噛む。
嫌いなのかという質問への、イエス・ノ─は聞けなかった。だけど彼の発したその言葉は、今まで出会ったどの言葉よりもわたしの心を震わせたのだ。
美香ちゃんはずっとわたしの憧れだった。決して羨ましいなんて思ったことはない。だってもともと、美香ちゃんとわたしは全然違う次元にいたからだ。それでも仲良くなる中で、本当の彼女の姿を知っていった。彼女はわたしと変わらない、普通の十七歳の女の子なのだ。普通──と言うのは正しくないかもしれない。だって美香ちゃんはかわいくて美人で、優しくて明るくて、完璧な──。
ふと、時折現れる彼女の寂しそうな瞳が脳裏で揺らめく。
わたしとは違う。普通とは違う。強くて、完璧な美香ちゃん。ずっとそう思ってきた。そう思いながら彼女と接してきた。もしかしたらそれは、彼女にとっては窮屈で息苦しかったのかもしれない。ありのままの彼女の姿を、わたしは見ようとしていなかったのかもしれない。そうやって、無神経な言葉や行動で傷つけて、苦しめて、美香ちゃんは言いたいことも言えなくて吐き出す場所がSNSしかなかったのだとしたら?
「わたしには原田くんがいて、ホイル大佐がいて、ぴかりんがいてくれて。本当に恵まれてるよね」
原田くんは空を見上げたまま何も言わない。
「……美香ちゃんには、そうやって全てを話せる人がいるのかな」
美香ちゃんと一緒にいる時、友達から連絡が来ている場面を見たことは一度もない。家族の話を聞いたこともない上に、撮影が終わるとかならず夕飯を食べていかないかと誘われた。今思えば、そんなのは不自然だ。高校生が週に何度も夕飯を外で取るなんて。だけどわたしは、美香ちゃんを「プロのモデルだから」という理由で型に嵌めていたのかもしれない。プロのモデルだから、わたしなんかより大人の世界を知っていて、外食なんかも当たり前で、家に帰る門限なんかもないのだろうと。だけどもしも、それがわたしの思い込みだったとしたら。
原田くんは、ちらりとベンチに置いたスマホを一瞥してまた空を見上げ、わたしの言葉に返事をかえす。
「さあね。それは、あのモデルにしか分からないことさ」