「花室さん」
背中から声をかけられたのは、校門を出て1つ目の角を曲がった時だった。
「花室さんってば」
歩みを止めると、もう一度その声はわたしの名前を呼ぶ。
──どうしてあなたがここにいるの?
「校門を出て行くのが窓から見えたから」
──学校は?
「早退してきた。別に誰にも何も言ってないけど。自主早退」
心の声が聞こえているのかもしれないと思った。わたしは振り向けずにいて、彼はわたしの表情も見ていないのに。それなのに彼は、わたしの疑問にぴたりと答えをあててくる。
「いいところを案内するよ。ついておいで」
振り向かずに立ち止まるわたしの横を通り過ぎた原田くんは、その二歩先を歩き始めた。
──どこに行くつもりなの?
「俺が小さい頃から何かあると行く場所」
──アニメの聖地とかかな。
「言っておくけどアニメは関係ないからな?」
──あ、バレた。
「こんな天気のいい日は、学校なんかに引きこもってたらもったいない」
──いつもは家に引きこもっているくせに?
「言っておくが俺は引きこもりではないから」
たくましいとは言えない背中。ひょろっとした肩と腕。日焼けとは無縁な彼の肌は陶器のように白い。律儀なほどに切りそろえられた襟足。きっとまだ一度も染められたことのない漆黒の髪。パリッとアイロンのかけられた白いシャツに、ウエストまできちんとあげられたスラックス。皺1つない綺麗なベルト。手入れのされた黒いローファー。アニメのキャラクターが遠慮がちに揺れる形のいいままの鞄。
たくましさなんて、頼もしさなんて、そんなものは感じられない。それなのに、その後ろ姿はわたしを導いてくれる唯一の光に見えて思わず目を細めた。眩しい。眩しくて目に染みて。だからすこしだけ、すこしだけ。
涙がこぼれてしまったんだ。