「──幼なじみがさあ、ちょっとやられてて」
放課後、教室に残っていた鈴木くんとわたし。最近では、彼の部活がない日には一緒に帰ることもある。
ちょっと待ってねとスマホをいじる彼を前に、わたしはぼ─っと窓の外を見ていた。今はテスト前だから部活は休みだ。あくびを噛み殺そうとしたところで、彼がスマホから顔をあげた。
「あの美人な幼なじみさん?」
ちらっと見かけただけでよく覚えていないけれど、すらりとした美人だったような気がする。彼はわたしの言葉に顎を引くと、「就活で行き詰まってるらしくてね」とまたスマホに視線を落とした。
どうやらメッセ─ジを送っている相手は、その幼なじみさんらしい。
「就活かぁ。なんかすごく、大人って感じ」
「そう? のんよりもずっと幼いけど」
そう言いながら笑う彼を見て、幼なじみっていいなぁと思う。わたしも年下の男の子の幼なじみに「お前本当いつまでもガキだよなぁ」なんて言われるシチュエ─ションにとてつもなく憧れる。だってそんなの、まるで少女漫画みたいだもん。
残念ながらわたしにはそう呼べる存在はいない。だから幼なじみがなんたるかというのは厳密にはよく分からないけれど、いつも味方でいてくれるとか、幼なじみにしか許されない何かとか、そういうのがあるんだろう。
「わたしも幼なじみ欲しかったなぁ」
そう言えば、面倒くさいだけだよと鈴木くんは笑う。
「姉弟みたいなもんだよ。奴隷のように顎で使われてきたんだから」
「わたし一人っ子だから、そういうの尚更憧れるよ」
わたしの言葉に、鈴木くんはふわりと優しく微笑んだ。オレンジの光が彼の茶色い髪の毛を透かす。
「じゃあ俺がのんの幼なじみになるよ。今からさ、おじいちゃんおばあちゃんになるまで一緒にいたら、それはもう立派な幼なじみって言えるんじゃない?」
ふわふわと彼の髪の毛が風で凪いでいる。
鈴木くんもわたしもこれから大学生になって、成人式をむかえて、就職して働いて、おじさんおばさんになって、そしていつかはおじいちゃんおばあちゃんになるのだろう。そんなの想像もつかない。ほんの数年後のハタチだって想像がつかないのに。
それでも確かに、その”いつか”はやって来る。そのときわたしの隣には、誰かがいてくれるのだろうか。いるとしたら、それは一体誰なんだろう。
「のんはさ、やきもちとかないわけ?」
「え、何に?」
学校を出たわたしたちの影は、オレンジ色の光を受けて長くのびている。こうして並ぶと、鈴木くんの背が大きいことがよく分かる。影だって鈴木くんのものはわたしのものよりずっと長いのだ。
「普通ほら、異性の幼なじみとか聞くとやきもきしたりするじゃん? まあ、まだ俺はのんの彼氏ではないけどさ」
「うーん……今までもあまり感じたことないかも……」
「俺だったら、のんが心を許してるやつがいたら妬くよ」
その時に、思わず歩みが止まってしまった。心の中に浮かんだのはホイル大佐である原田くんだ。もし鈴木くんと付き合うことになったら、ホイル大佐とのメッセージのやりとりも控えなければならないのだろうか。
「恋愛感情がなくても、嫌だなって思う?」
「のんは鈍いからな。相手に恋愛感情がないかなんて、そんなの分からないじゃん」
「絶対にない場合!」
そう、絶対に原田くんがわたしに恋愛感情を持っているはずがないのだ。しかし、鈴木くんはくるりとこちらを振り返ると両手でわたしの肩を掴んだ。
「なあ、のん。男と女って、どうなるか分かんないもんだよ」
彼の目は真剣そのもので、わたしはその後に何も言うことが出来なかった。
この世の中には、わたしの知らないことがどうやらまだまだあるようだ。